memoryOfBirthday

「…あ、シンヤ君!」
「…?はい」
ヒノキがそうだ、と思いだしたように言う。
それに、きょとんと首を傾げたのはシンヤだった。
「お誕生日だよね、おめでとう!」
「…ありがとう、ございます」
目を見開いたシンヤがふわ、と微笑む。
かわいいなぁと思っていれば、うわ、と言う目線が一つ。
「…所長、いちいち誕生日とか覚えていらっしゃるんですか。…重いですね」
「シズハ君?!!」
ついでに辛辣なお言葉もいただき、思わず声を上げた。
まったく、心外である。
彼だって依頼者だけれどしょっちゅう探偵事務所にいるし、仲間みたいなものなのに。
そう言えばまたシズハは「…。…重いですね」とため息を一つ吐き出した。
「シンヤ君。嫌な時は嫌と言って良いんですよ?」
「ねぇ、ちょっとシズハ君??」
「いえ、俺は…」
シンヤには優しい目のシズハに、ヒノキは口を挟む。
だがそれをシンヤが遮った。
「…嬉しいですよ。祝ってもらえて」
「ほら、ほら!!」
「…重くは、ないですか?」
「いえ、そんなことは。…兄が、マメな人だったので」
小さな笑みに、あ、と思う。

それは、そう。
今から少し前の話。


「シンヤ!な、今から月見に行かね?」
笑うケンヤにシンヤは投げられたジャケットを受け止め首を傾げた。
「…お月見は、もう少し先じゃなかった?ケン兄」
「細かいことはいいんだって!ほら、行くぞ。アンヤが起きるだろ」
「…また…」
小さく笑い、シンヤはパジャマの上からジャケットを羽織る。
どの道、ケンヤの誘いは断れないのだから。
「どこに行くの?」
「ん?いつものトコ」
笑うケンヤからメットを被せられてからバイクの後ろに乗り込み、広い背中に抱き着く。
ブゥン、というエンジン音。
夜の風が心地良い。
流れる景色に少し上を見上げるが、月は見えなかった。
少し疑問に思いながら背中に頬を寄せる。
暖かいなぁとぼんやり思った。

着いた、と言われて降り立ったのはよく行くラーメン屋だった。
首を傾げながら付いていけばよく頼むそれに今日は違う具材が乗っていて。
「…半熟卵」
「おう。今日誕生日だろ。…おめでとう、シンヤ」
「…ありがとう、ケン兄」
頭を撫でられ、笑みをこぼすがふと兄の言っていた事に疑問が湧いた。
「…お月見は?」
「え?あるだろ、月」
笑いながら指し示される、卵。
ああ月見うどんならぬ月見ラーメンか、と思っていればケンヤはニッと笑う。
それにまたシンヤは髪を揺らすことになったのだった。
「月にうさぎは付き物だもんな」



どういう意味だったんでしょう?と言うシンヤにシズハがぽん、と彼の肩を叩く。
ヒノキは真実を言おうとして口をつぐんだ。
無理に暴く必要もあるまい。
「…ま、今日はシンヤ君の好きなものを食べに行こうか!ご馳走するよ」
代わりにそう言って立ち上がる。
「え、いや、そんな…」
「更屋敷先輩、ご馳走様です」
「待ってシズハ君、ご馳走はシンヤ君に…!」
わちゃわちゃと、賑やかしい事務所内を、月がそっと、照らして…いた。


(日常にほんのちょっと優しい色を!)

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