お月見ケンシン

リリ、と虫の声がする。
眠れず…まあいつもの事ではあるけれど…ベランダに出ていたケンヤは月を眺めていた。
今日は中秋の名月…つまりは十五夜である。
先程まで団子を食べながら一緒に月を見上げていた弟のアンヤが寝てしまい、ふとんに連れていったばかりだった。
「…ケン兄?」
「…お、シンヤ」
小さな声に振り返ればもう一人の弟、シンヤがこちらを見つめていて。
ケンヤはひらひらと手を振る。
「…まだ、月…見てるの?」
「まーな」
軽く笑えば、そっか、と言いシンヤはこちらには来なかった。
廊下の奥に消えたのを見送り、ケンヤはまた月を見上げる。
純粋に、きれいだな、と思った。
夜を優しく照らす…まるでシンヤのように…穏やかな月。
シンヤがいるからケンヤは笑っていられるのだ。
「…なーんてな」
苦笑し、そろそろ部屋に行くかと伸びをしたところで、ちょん、と服を引かれる。
「っと、シンヤ?!」
「風邪引くよ、ケン兄」
驚くケンヤに何かが差し出された。
見れば、甘く香るココアで。
「…わざわざ淹れて来てくれたのか。ありがとうなぁ」
「ううん。…今日はお月見だから。生クリーム浮かべてみた」
「…お?」
「ほら、月みたいに見える、から」
僅かにシンヤが笑む。
確かにそれは空に浮かぶ月と同じように丸い形をしていた。
「確かに、月みたいだな」
笑い、ケンヤはシンヤのサラリとした髪をぐしゃぐしゃに撫でる。
「…月が綺麗ですね、ってか」
「…わっ、ケン兄?」
「んーや、何でも!!」
小さく呟いたそれはシンヤには届かず、月夜に溶けた。


月が綺麗な夜に、優しい味のココアを

(それは、眠れないケンヤへの子守唄)


「…月は、いつだって手の中にいるんだよ、ケン兄」
「?何か言ったか?シンヤ」
「…ううん、何も」

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