二人きりの真白なセカイより愛の音を(彰冬)

君たちは知っているかな

クラスメイトから聞いた?
中学の友だちから聞いた?
お姉さんから聞いた?
先輩から聞いた?

こんな不思議な噂話
…有り触れた世迷言
「誰もいない、Untitledに建つ時計台の上でry」

どこにでも転がってそうな幸せを運ぶジンクス

『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』

「…なんだよ、それ」
それを聞いた瞬間、彰人が嫌そうな顔をする。
だからー!と机を揺らしたのは杏だ。
「Untitledにはね、ミクがいないセカイもあるんだけど、そのセカイには時計台があってそこで愛を誓うと幸せになれるんだって!」
わくわくした目でそう言う杏に、興味なさそうに彰人は息を吐き出す。
「…くだんねー…」
「くだらないって何よー!」
「まあまあ、杏ちゃん」
頬を膨らませる杏を宥めるのはこはねだ。
「…彰人」
後ろから困った顔で声をかける冬弥に、なんだよ、と彰人が睨む。
「そういうのは女子だけでやれっつー…」
「はっはぁん、実は試す自信がないんでしょ?」
「…は?」
杏のそれに彰人が凄い目を向けた。
こはねが焦った声を出す。
「杏ちゃん!」
「要は、彰人はこのおまじないを試す勇気がないんだぁ?じゃあ二人で行こー、こはね!」
「…え、えぇ?!今から?!」
「膳は急げ、よ!」
わたわたするこはねを引っ張っていく杏と、驚きながら着いて行くこはねを見送りながら、冬弥はそっと彰人を見た。
ここまで言われて黙っている彰人ではないことを、冬弥は知っている。
「退屈しのぎには丁度良いんじゃねぇか?なあ、冬弥」
「…そうだな」
カタン、と音を立てて立ち上がる彰人に冬弥は頷いた。
長い一日になりそうだ、なんて思いながら。


「…マジか」
何も無い場所、なんて中々繋がらない。
二人で何度か試してみてようやっと繋がったのは吐く息白い朝のことだった。
雪の街、といったほうが良さそうなそれに彰人は辺りを見回す。
人っ子1人居ないセカイの中で、ぽつんとそびえ立つ建物があった。
ぞわぞわと背に泡立つ感覚は、興奮とかそういうものだろうか。
「おい、あったぞ、冬…」
弥、と繋げようとして、彼の表情が強張っているのをみた。
そういえば、冬弥は高いところが苦手だったかと思い出す。
「…別に、上まで付き合わなくていいぞ。あった事が分かっただけで杏は満足だろ」
ポリポリと頭を掻けば冬弥はふるふると首を振った。
「…ここまで来たんだ。おまじないを試さないのも…おかしいだろう」
「…けどよ」
「試してみるだけだ」
意外にも頑なな冬弥に息を吐く。
こうなった彼は頑固なのだ。
そういうところが…可愛いと思ったり思わなかったり。
「…無理になったら言えよ」
「…分かった」
肩を寄せ合って手をつなぎ、入り口に足を踏み入れる。
中はがらんとしていて、意外だな、とさえ思った。
「…まー、テンションは上がるわな」
「そう、だな」
強引に同意を得て天辺を目指す。
ぐるぐると螺旋階段を登るのは根気の要る作業で。
一体何をしているのだろうと我に返りそうになった。
ここで正気になれば、頑張っている冬弥があまりに可哀想だ。
…まあ彼が登ると言い出したのだけれど。
「…前だけしっかり見てろよ」
「…分かっ、た」
ぎゅうと左手に込める力が強くなったのを感じて苦笑しつつ、ふと白いものが視界を掠める。
「…雪、だ」
「…!」
ついに降り出したそれに、彰人は登ることを諦めた。
強くなる雪は下手をすれば足を踏み外し、滑り落ちる可能性もある。
何より冬弥が限界そうだ。
…それに。
かつて誰かの思いで賑わったであろうセカイを覆う白銀は、確かに綺麗な景色だった。
天辺ではないかもしれない。
それでも、冬弥と共に見られるのなら、白いキャンパスに描くものが同じと知っているそれが彰人にとっては一等綺麗だと言えた。
…それは、きっと冬弥も同じ。
唐突に鐘の音が響いた。
錆びついて鳴らないだろうと思っていた時刻を告げる時計台がセカイ中に音を紡ぐ。
その音はまるで、自分たちを祝福しているかのようで。
「…彰人」
「…ああ」
珍しく積極的な彼の、すっかり冷たくなった頬に手を添える。
誰かの世迷言だって本物に変えてやると。
未来は、自分たちの手で掴むんだと。
…幸せは、次の幸せへと紡ぎ、大きな愛になるようにと。
重なる唇でそっと呟く、その言葉は。


『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』

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