司冬ワンライ/バレンタイン前夜・好きな人

明日はバレンタインだ。
つまりは本日バレンタイン前夜。
まあ司にとってはあまり関係のない日ではあるのだが。
確かに去年は咲希が家族に、と作ってくれた。
学校でも義理チョコだといってもらうにはもらうけれどそんな大層気持ちを込めた、所謂本命チョコ、はもらったことがない。
…と、咲希に言えば「…お兄ちゃん、案外鈍感だもんねー」と笑われてしまったが。
「?そんな、気合いが入ったチョコもらったか?」
「気付いてなかったの?もう付き合ってるから教えてあげるけど、とーやくんのは多分本命チョコだったよ??」
きょとん、とする咲希に司は目を丸くする。
昔からの付き合いで、最近になってようやっと恋人同士になった冬弥は、たしかに毎年お世話になっているから、とチョコレートをくれていた。
言葉の意味そのままを捉えていたのだが…まさか。
「とーやくん、ピアノとバイオリンの練習で忙しかったんだけど、お兄ちゃんに渡すチョコだけは自分で買いに行かせて貰っていたんだって」
「…しかし、咲希も貰っていただろう?」
「あれはしょーしんしょーめーの義理チョコだよ!前に、病院にチョコを届けに来てくれた時あったでしょ?」
「ああ、あったな!」
咲希のそれに、司は大きく頷いた。
自宅にチョコレートを届けに来てくれた冬弥が咲希の分も持ってきてくれ、渡しておいてください、なんて言うものだから「直接渡してやってくれ!その方が喜ぶ!」と病院に連れて行ったのだ。
「お兄ちゃんは自分の分のチョコ忘れちゃって取りに戻ったじゃない?その日ね、とーやくん、チョコを渡すだけですぐ帰るつもりだったんだって」
「む、そうだったのか」
笑う妹のそれに司は初めて知った、と小さく声を出す。
もし早く帰る用事があったなら悪いことをしてしまった。
「ちょっと時間もらってたから大丈夫、だって言ってたよ。で、ね。その時、お兄ちゃん宛のチョコも持ってたから預かろうかって言ったら、自分で渡したいって」
ふふ、と楽しそうに咲希が笑う。
その時のことを思い出しているようだ。
随分幸せな記憶らしい。
「咲希?」
「うーうん!お兄ちゃんは愛されてるなぁって思っただけだよ!」
にこっと笑った咲希に疑問をぶつけようとしたその時、電話が鳴った。
「?すまん、…冬弥?」
「ふふー、愛されてるね、お兄ちゃん!」
電話主は話題に出していた冬弥で。
明るく笑った咲希が、そう言って階段を上がっていく。
「…もしもし?」
それを見送り、電話に出た。
『もしもし。司先輩、今少し宜しいですか?』
「ああ、大丈夫だ!どうかしたのか?」
『いえ。先輩はビターチョコレートとミルクチョコレートだったらどちらがお好きかと思いまして…』
「?オレはどちらも好きだぞ!強いて言うならミルクの方が好みだろうか。何故そんなことを?」
『…好きな人の、好きな味のチョコレートを、作りたいですから』
冬弥の小さな声は、耳にダイレクトに届く。
聞き返そうとする司に、冬弥はありがとうございます、と電話を切ってしまった。
残されたのは彼の言葉と妹の言葉を重ね合わせてようやっと理解した司で。


本日、バレンタイン前夜。
こんなにそわそわするのは…生まれて初めてだ、と空を仰いだ。



「とーやくんがあんな可愛い顔するなんて、まだしばらくアタシだけのヒミツでいいよね!!」

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