司冬ワンライ・桜/怪盗

ふと上を見ると、もう桜が咲いていた。
まだ満開とまでは行かないが…今年も春がやってきたのだなぁと思う。
「…司先輩」
「ん、おお、冬弥!」
少し向こうから駆けてきたのは待ち合わせ相手の冬弥であった。
司も思い切り手を振る。
「お待たせしてすみません」
「いや、オレも今来たところだぞ!それに、桜を見ていたからな」
「桜?…あ」
その言葉に首を傾げた冬弥が同じように見上げ、柔らかな表情を浮かべた。
「…綺麗ですね」
「そうだなぁ。満開になればもっと綺麗だろうが、今の時期の桜も素晴らしいな!」
「はい、俺もそう思います」
司の感嘆を込めたそれに同意する冬弥は、優しくて何だか儚く見えて、司はその手を引く。
「…っ、司先輩?」
「…あ、いや、すまん」
きょとんとした冬弥に謝るが手は離せなかった。
…何だか、桜に彼が攫われてしまう気がして。
「そういえば、司先輩はホワイトデーの際にチョコレートファクトリーでショーをされたんですよね」
「ん?ああ、そうだな」
冬弥から突然と振られた話題に、司は疑問符を浮かべつつも頷いた。
何故その時の話題を今になって出してきたのだろう。
「あの時は怪盗チョコマニアといって、皆が作ったチョコレートを奪う怪盗でなぁ…」
話し出した司はハッとした。
そういえば怪盗役をやったことがあったのだ、桜なんかには負けていられない。
「…今はチョコレートよりも甘美で素晴らしいものを見つけてしまった故、怪盗チョコマニアは辞めてしまった」
「…はい」
「なぁ、冬弥。オレに、奪われてくれるか?」
まだ五分咲きの桜の下、司は冬弥の手のひらにキスをした。
手のひらへのキスは求愛の証。
そして、もう一つは。
「…司先輩なら、喜んで」
冬弥が微笑む。
柔らかな、桜色を頬に乗せて。


学生服姿の怪盗は、素晴らしいお宝を抱き上げ、花びらの舞わない桜並木を駆け出した。

(ねぇ、知ってる?
手のひらへのキスはプロポーズになるんだって!)

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