Peacemekar

忘れない。
きっと、何時までも覚えている。
あの日…小さな墓の前で抱いた悲しみを。
散った戦友の願いも護れなかった大切な人も、その彼女が歌に込めた祈りも…全て。


小さな洞穴の前で志歩はそっと息を吐く。
隣国との戦争が始まってから幾日。
もう何日こうしているだろう。
いつまでこんなことをしなければならないのだろう。
考えたって分からないから気分転換に泉へと足を向けた。
と、ビクッとして歩みを止める。
そんな、なんで、どうして。
彼女は洞穴の中にいるはずなのに。
慌てて駆け寄ると、彼女は歌をやめてふわ、と笑った。
「…!志歩!」
「…っ!遥!」
無邪気に手を振る彼女…遥を静止する。
びっくりした表情の遥の腕を掴んだまま志歩は声を荒げた。
「わかってる?!遥は、水の歌姫で、だから……」
「…大丈夫。分かってる」
言葉を詰まらせる志歩に、遥が頷く。
…水の歌姫。
隣国から狙われる、この国最後の砦。
この国には4人の歌姫がいる。
いや、正確には4人の歌姫が【いた】。
花の歌姫、みのり。
風の歌姫、愛莉。
日の歌姫、雫。
そして水の歌姫、遥。
4人の歌姫により、この国は護られてきたのだ。
みのりを守護する一歌、愛莉を守護する咲希、雫を守護する穂波と、遥を守護する志歩は友人同士だった。
平和な頃は街に出て一歌たちと買い物をしたり、姉である雫やみのりに愛莉とも食事をしたりしていたのだ。
…それが、突如として始まった戦争によって全てが奪い尽くされた。
志歩も戦いに身を投じるしかなく、何時の間にか手は血で汚れていて。
誰のものかもわからないそれで汚れた手で遥に触りたくなくて掴んでいた手を離す。
「…お姉ちゃんも!みのりも、愛莉さんも…殺されたんだよ?一歌も穂波も咲希だって、必死に護ってた、でも駄目だった!」
「…」
「咲希は遺体すら見つかってないの。こんな思いもう二度としたくない。…お願い、命を投げ捨てたりしないで」
拳を握り締めて志歩は訥々と訴えた。
遥だけは、失いたくなかった、から。
それがどういう感情かも知らないで。
「歌なんか歌って、敵にバレたらどうするつもり??」
「…私は、歌でセカイが繋がってくれたら良いなって、思うの」
問い詰める志歩に遥は僅かにそう笑う。
何を、と乾いた声で言う志歩に、遥は水の色をしたユリによく似たスカートを閃かせた。
「平和とか愛は永遠じゃない。忘れてはすぐ失くしてしまうでしょう?」
「…っ」
「だからね、志歩。私は歌い続けるの」
ぎゅっと遥が手を握る。
温かい、手。
「…貴方が、どんな時も迷わないように。私は、歌うことしか出来ないから」
志歩が好きな笑みで。
そう、言ってくれたのに。
遥は死んだ。
誰かに殺されたのだ。
彼女を小さな穴に閉じ込めてまで守っていたはずなのに。
気づいた時には失くしていた。
もう、何が正しいかなんてわからない。
そんな感覚も麻痺していた…ある日のこと。

「こんにちは、お姉ちゃん!」
「…っ!」
その、穴の近くで少女に話しかけられた。
「あたしはえむ!今ねぇ、探検ごっこをしてるんだぁ!」
「…そう」
素っ気ない返事にもにこっと少女が笑う。
愛莉に似た髪、咲希に似た笑顔。
何も知らない、無垢な少女。
…この場所を誰かに知られるのは嫌だな、と思った。
「あのね!あたし、夢があるの!…でも、絶対に叶わないってお兄ちゃんには言われてて…」
「…そんなことないと思うよ」
しゅんとする少女にそう言えば、ホント?!と顔を輝かせる。
表情がくるくる変わる子だなと笑んだ。
「…その夢、もっと近くで聞かせて?」
「…!うん!」
嬉しそうに近付いてきた少女に手を伸ばし…小さなその首を絞める。
「…お、ねぇ……ちゃん?」
「…ごめんね、この場所を誰かに知られると困るの」
目を見開く少女に志歩は無感情にそう言った。
…命の灯火が消える。
あの子の夢は、もう二度と分からない。

「作戦14 水の歌姫の報復に、碧の王子の抹殺」
「…っ」
淡々と告げられる作戦名。
上司が告げる。
「スパイとして君を送り込む。失敗は許されない。良いね?」
「Yes, sir」
志歩は義務のように敬礼をした。
きっと、これが最後の作戦だと信じて。
…これが、最期だと、信じて。
「私はっ!遥の仇を獲るんだ、絶対に!!」

敵国に入り込むなんて無茶だと思っていたのに拍子抜けするほどあっさり入り込めてしまった。
それだけ、人の入れ替わりが激しいのだろう。
同じ身長くらいの少女を殺して騎士服を奪った。
城の中を歩くのも堂々としていればバレないものだ。
だが。
「…あっれぇ?見ない顔だね?」
「…っ!!」
突然そう声を掛けられて志歩はびくりと肩を揺らす。
薄いピンクのポニーテールを揺らし、ジロジロとこちらを見つめていたその人は、まあいっか!と笑った。
「ボクは瑞希!君は?」
「…。…志歩」
「志歩ちゃんだね!よろしく。…お互い、死なないように頑張ろうね」
にっこりとその人、瑞希が手を差し出す。
戸惑っていれば瑞希はへにゃりと笑いながら手を下ろした。
怪しまれてはいないだろうか。
「あ、えっと…ごめん」
「あはは、大丈夫だよ!…ま、仕方ないよね。二度と会えないかもだし」
「…そんなに、兵は入れ替わるの?」
「まあねー。でも、しょうがないかな。戦争ってそんなもんじゃん?」
「…」
「これでも司隊長は頑張って犠牲者を出さないようにはしてるみたいなんだけど。…けど、相手も必死だし。あ、後噂だと相手国の歌姫が死んだって話でさ。これを機に一気に攻め込むって話があったんだけど、それに待ったをかけてるみたいだね」
「…。…それは何故?」
志歩の問いに瑞希は肩を竦めた。
「さあ?一介の騎士に分かるわけないよー。…冬弥王子が生きてる間に攻め込んじゃえば良いのにね」
「冬弥、王子」
「そう。…うちの切り札。碧の王子」
瑞希がポニーテールの先を指でくるくる弄びながら言う。
「ココだけの話、司隊長には妹さんがいたらしいんだけど、行方不明になっちゃってね。代わりに、と言ったらあれなんだけど幼馴染の冬弥王子を弟みたいに可愛がってるんだって。…そんな冬弥王子に何かあったらって思うんじゃないかな」
「…。…冬弥王子はこの現状を…」
「…流石に知ってるんじゃないかな。騎士団や兵士を動かしてるのは王子じゃないけどね。そうそう、最近新しい子が入ってきたんだけどさぁ!その子がすごく強くて!…その子も冬弥王子を護るって…」
瑞希が話し続けるのを志歩はぼんやり聞いていた。
冬弥王子には彼を護る騎士団がいること。
瑞希もその騎士団の一人であること。
司隊長が率いる団に、最近強い新人が入ってきたこと。
色んな話の中で。
…志歩はある情報を、知った。

話に聞いた、誰もいない森の中。
綺麗な歌声が響く。
シン、とした空間に、彼の歌だけが。
しばらく聞いていたが、ふとその音が止んだ。
きっと、バレているのだろう。
志歩は彼の前に姿を現した。
特に驚きもしない王子に、口を開く。
「…何を」
「…。…歌を、歌っているんだ」
「…呑気ですね。敵に狙われても知りませんよ」
志歩のそれに王子…冬弥が僅かに微笑んだ。
随分と迂闊な人だと思う。
誰かも分からない人間に、警戒心もなく応えるだなんて。
「…敵」
「そうです。歌なんて歌って、居場所がバレてしまう。城で大人しくしておけば良いのに」
「…君は、彰人と同じことを言うんだな」
肩を揺らしながら冬弥が言う。
彰人…確か瑞希から紹介された騎士の中にいたような。
「そりゃあ、普通の考えでは…」
「俺は、歌でセカイが繋がってくれたら良いと思う」
「…っ!」
「もちろん、簡単なことではない。だが、この世はチェス盤上でもない。人と人の間に線を引くのは人間だ。…きっと、大地には線なんかはなくて、花が咲いているんだろうな」
冬弥が寂しく笑う。
…遥と同じ様なことを言って。
「…俺は、この綺麗な花が咲く、大地を守るために歌を歌いたいんだ」
ふわりと冬弥の髪が風に揺れる。
彼を抹殺することが正義だと、ずっと思っていた。
遥を、水の歌姫を殺された報復だと。
けれど。
志歩は思う。
気付いてはいけなかった思いに、気付いてしまったから。
どうした、と優しい声が耳に届く。
ああ、なんで、どうして。
擡げてしまった疑問は引っ込めることは出来なくて。
「…本当に…」
志歩は呟く。
…本当にそれは正義だった?
殺されたと一方的に被害者ぶって、正義だと銃を撃つ。
…相手だって、自らの正義のためにそうしたのに。
冬弥は大地には線がなくて花が咲いていると言った。
花が咲く、美しい大地のために歌うのだと。
遥は平和や愛は永遠ではなく、すぐ忘れては失くしてしまうと言った。
だから歌い続けるのだと。
歌で、セカイを繋ぎたいと。
二人は…そう言った。
セカイの、平和のために。
この争いは無意味だ。
そんなのはとっくに気付いていた。
だが、それを認めて何になる?
認めてしまったら、志歩の正義は?
正義だと、言い聞かせて行っていた殺人は?
多くの夢を、命を奪った自分はどうなる?
…彼女を守りたい、ただそれだけだった。
振り向けば骨の山が出来ていた。
殺した人の骨、殺された人の骨。
もう、誤魔化されるものじゃない。
どうしたって戻れない。
…戻ることは、出来なかった。
「…ごめんなさい」
「…」
「…私は、こうするしか、方法を知らない」
小さく謝り、志歩は銃を向ける。
僅かに目を見開いた冬弥は、「そうか」と綺麗なそれを閉じた。
遥もこんな風に殺されたのだろうか。
抵抗もせずに、ただ淡々と。
そうであれば良いと思う。
大切な人に苦しんで欲しくは、ないから。
「…彰人に、怒られてしまうな」
自嘲したような声は抜けるような青空に溶けて消えた。
これは正義の鉄槌なんかじゃない。
エゴと欲で塗れた自己満足の復讐劇。
碧の王子はきっと関係ない。
水の歌姫もきっと望んでない。
銃声が響く。
…碧い花が、揺れた。

冬弥の身体が倒れる。
花が赤く染まった。
これで終わったんだ。
ホッとして力が抜けそうになる。
自国に帰らなければ。
遥が、待っている。
「…冬弥!!!」
倒れる碧の王子に、駆け寄るオレンジ髪の少年。
確か、彰人とか言ったろうか。
一介の兵士と一国の王子、というだけの関係ではないように思った。
まるで、愛し合った恋人のような。
そういえば、冬弥王子を護る騎士団があるのだっけ。
きっと彼は噂の新人なのだろう。
そうして、彼を護るために…。
少し、羨ましいなと思う。
…志歩にはもう、どうだって良いことだけれど。
「テメェえええ!!!!」
少年の咆哮が聞こえる。
緩慢に振り返る志歩に突き刺さるは冬弥の亡骸を抱いていたはずの、涙に濡れた彰人の剣。
強い衝撃に蹈鞴を踏んだ。
痛みはない。
温かい赤が流れた。
目の前が霞む。
…遥の歌が、聞こえた気が、した。
……



「日野森さん!」
「…桐谷さん」
「おはよう、良い朝だね」
ぼうっとしているところに遥から声をかけられ、志歩は曖昧に返事をする。
何だか妙な夢を見た気がしたのだ。
…何も覚えていないから、良い夢かも悪い夢かも分からないけれど。
「?どうかしたの?」
「ああ、何もないよ。ちょっと目覚めがスッキリしなくて…」
首を傾げる遥にそう言いかけたところで明るい声が聞こえた。
「志歩ちゃん、遥ちゃんっ、おはようわんだほーい!」
「っと、鳳さん。…おはよ」
「おはよう、鳳さん。今日も元気だね」
「うんっ!元気があたしの取り柄でっす!!」
えへん!と挨拶をしてきたえむが胸を張る。
そうだね、と二人で笑顔になった。
「あっ、しほちゃん、はるかちゃん、えむちゃん!おっはよー!」
「おはよ、咲希」
「おはよう、天馬さん」
「咲希ちゃん!おはようわんだほーい!」
元気な咲希に挨拶を返せば他の二人も続く。
志歩と違って何だか嬉しそうだ。
それは遥にも分かったようで小さく笑いながら問いかける。
「天馬さん、何だか嬉しそうだね」
「あ、わかる?!実は、今日の星占いで1位だったの!」
遥のそれに目を輝かせながら言うから、思わず笑ってしまった。
「えー…なんか単純…」
「もー、しほちゃんは分かってないんだから!そういう単純なのが一番嬉しくって…」
ちっちっち、と人差し指を振り解説しようとした咲希の声をそれより大きな声のえむが遮る。
「あー!愛莉ちゃんセンパイだぁ!」
「えっ?!あっホントだ!…あいり先輩ー!」
「ちょ、ちょっと、咲希?!」
「…ふふっ、二人とも元気だね」
慌てて声をかけるも二人とも走って行ってしまった。
くすくすと遥が笑う。
その向こうでは愛莉が対応してくれていて、まあ良いかと伸ばした手を下ろした。
愛莉になら任せていても何とかなるだろう。
「…本当、朝から元気なんだから」
「でも、そこが天馬さんと鳳さんの良いところだよね」
「まあね。…ん?」
遥のそれに同意し…ふと聞こえた声に首を傾げた。
「咲希ぃい!!!」
「げっ、この声…」
よく知った声に志歩は思わず顔を顰める。
…本当に朝から元気なのだから。
妹も…兄も。
「…司さん」
大きな声の司に声をかけると彼はこちらを見止め、手を振ってこちらにやってきた。
「…おお、志歩ではないか!…と…」
「お久しぶりです。チョコレートファクトリーでは素敵なショーをありがとうございました」
「やはり君か!こちらこそ、見てくれて感謝するぞ!!」
「…それで、どうしたんですか?司さん」
綺麗なお辞儀をする遥に明るく笑う司。
それに何か用事があったんだろうと聞けば彼は、思い出したように小さなバッグを持ち上げる。
「おお、そうだった!咲希が弁当を忘れたから届けようと思ったんだ」
「…ああ、なるほど」
司の言葉に志歩は納得した。
大凡、占いの結果にテンションが上がってそのまま弁当を忘れたのだろう。
全く持って咲希らしい。
「良ければ渡しておきますよ。私、クラスメイトなんです」
「本当か!」
同じことを思ったらしい遥が微笑みながら手を差し出した。
司もホッとしたようにバッグを手渡す。
「いえ。…では、天馬さんに渡しておきますね」
「すまない、助かる!この礼は、いつか必ずするからな!!」
「そんな!私は…」
「そうだ、フェニックスワンダーランドにも来てくれ!最高のショーをご覧にいれよう!もちろん、志歩もな!!」
「いや、私は別に…」
司の勢いに飲まれ、では!と手を振られるまで二人はぽかんとしてしまった。
元気な人だね、とようやっと戻ってきたらしい遥の言葉に頷くしかなくて。
司に比べれば咲希は落ち着いているのかも、なんて思ってしまった。
…全然全く、そんなことはないのだけれど。
「…おお!おはよう、彰人に冬弥!!」
「…げぇっ…」
「…彰人。…おはよう御座います、司先輩。良い朝ですね」
視界の端で挨拶をする彼らに賑やかだなぁと思いながら前を向いた。
「ねぇ、桐谷さん」
「?なぁに、日野森さん」
隣にいる遥が首を傾げる。
青い花が揺れた。
「良い、朝だね」



「やあ。おはよう、東雲くん」
「…うわ、神代センパイ」
「ふふっ、ごあいさつだねぇ。…なにか嬉しそうだけど、良いことでもあったのかな?」
「別に。…ただ」
(不思議そうな類に対して彰人は笑う

楽しそうな相棒を見つめながら)

「良い朝だと思っただけッスよ」


………
☆3衣装志歩(一歌イベの)と遥(雫イベの)の話。
ミクオが志歩で、ミクが遥で、リンが冬弥で、レンが彰人。
KAITOが雫でMEIKOが穂波。
がくぽ(と、いうか小さい子)はえむ。
上司は類かな…。
敵国(司や彰人、瑞希がいる騎士団、冬弥はその国の王子)に遥を殺され、スパイとして潜り込み、冬弥を殺す志歩の話。
最終的に彰人に殺されるから救いがない(原作遵守)
両想いの彰冬と両片想いのしほはる。

「忘れない・・・ あの日小さな墓の前で 
 抱いた悲しみを・・・
 キミが歌に込めた あの祈りを
 散った 戦友の願いを・・・」
閉じこめた 小さな穴の中で
何が正しいか 分からず
この場所が 知られると困るから
小さな その首を絞めた・・・
大切なものを 守るはずなのに
気づいたときには 失くしてた
この手は 汚れてしまった
キミの手を 握った手は
真っ赤に 染まってしまった
誰のかも 分からない血で・・・
本当は 誰もが知っていた
チェスの盤上じゃないこと
大地には 線は引かれてなくて
そこに 花が咲いてると・・・
キミを守りたい ただそれだけだった
振り向けば 骨の山があった
正義と 言い聞かせてきた
もう ごまかせなくなってた
多くの 夢を奪ってた
どんな夢かも 知らないで・・・
「作戦14 緑の歌姫の報復に、
 黄色の歌姫の抹殺」
「Yes, sir」
(平和とか愛は永遠じゃない
忘れてはすぐ失くすでしょう
だから私は歌い続ける
貴方が迷わないように)
「僕は、キミの仇をとるんだ・・・」
僕らは 気づいていたんだ
無意味に争ってると
生まれた 土地が違っても
血は 同じ色をしてると・・・
少女の 亡骸を抱いた
涙に濡れる 少年の
剣が 僕に突き刺さり
温かい 赤が流れた
キミの歌が 聞こえるんだ・・・

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