電話しほはる

「…あら、大変」
雫の、それほど困っていなさそうな声が台所から届き、志歩はひょこりと覗き込む。
「…どうかしたの?お姉ちゃん」
「しぃちゃん!今、お菓子を作っているのだけれど、材料が切れてしまったの。買いに行きたいのだけれどもうすぐ遥ちゃんが来てしまうし…」
悩む雫に、志歩はああ、と笑った。
甘い物が好きだという遥の為に作り始めたのに、ということだろう。
「なら、私買ってくるよ。今は用事もないしね」
「本当?!ありがとう、しぃちゃん!助かるわぁ!」
「はいはい。じゃあ行ってくるね」
嬉しそうな雫に苦笑し、志歩は身支度を済ませて家を出た。
…大事なことを聞かずに。



「…しまった」
そのことを思い出したのはスーパーに着いてからで。
姉が気付いてメッセージに入れてくれていないかと期待したが無駄だった。
そもそも彼女は機械音痴である。
「…仕方ない」
はぁ、と息を吐き出した志歩は少し迷ってから家に電話をすることにした。
スマホでも良かったが音を消していた場合二度手間だからだ。
『…はい、日野森です』
「…あ、もしもし?お姉ちゃ…ん?」
数回のコール後出た声にそう言うが違和感に気付き、志歩は言葉を切った。
代わりに電話の向こうの人物が嬉しそうな声を出す。
『あ、日野森さん!良かった、知らない人じゃなくて』
「…もしかして…桐谷さん?」
『うん…あ、雫だよね?今手が離せないみたいなんだけど、どうかした?』
柔らかい遥の声に、お菓子作りをしている姉の代わりに出てくれたのか、と苦笑し、志歩は「ごめん、買ってくるものを聞き忘れたから聞いてくれない?」と言った。
『分かった、ちょっと待ってね』
彼女の声の後、保留中に流れる音楽が耳に響く。
数秒してから、音楽が途切れ、もしもし?と声がした。
『えっと、小麦粉と牛乳が足りないみたい』
「ありがとう。…っていうか主要のもの足りなさすぎない?大丈夫かな、お姉ちゃん」
『ふふ。見切り発車で作り始めちゃうなんて、雫にしたら珍しいよね』
くすくすと笑う遥に志歩は、まあ彼女が楽しそうなら良いかと思いながらふと、一番最初に出た遥のそれを思い出す。
「そういえば桐谷さん、最初に日野森ですって出てくれたよね」
『え?ああ。だってここは日野森さんのお家だもの。桐谷ですって出たら変でしょう?』
「まあそうだけど。…桐谷さんって誕生日10月だよね」
『?ええ、そうだけど…』
不思議そうな声にそっか、と言い、志歩はスマホを持ち変えた。
「…お姉ちゃんが二人はちょっとなぁって思って」
『…!…ああ。雫は嬉しそうだったけどね』
楽しそうな遥に、雫も彼女に同じ事を言っていたらしいことを知り、志歩は眉を顰める。
別に嫌なわけではないのだが…何だか複雑な気分だ。
「私は、桐谷さんなら姉妹より…」
『?日野森さん?』
姉妹よりもっと違う形が良いと言いかけて志歩はやめる。
電話で言うことでもないだろう。
「ううん、何も」
『そう?…。…日野森遥、か』
小さな声に、え?と聞き返せば、何でもない、と返されてしまった。
「そ?…じゃあそろそろ切るね。早く帰らないといつまで経ってもお菓子作り進まないし」
『確かにそうだね。…じゃあまた後で』
「うん、また後でね」
後で、と約束をし、志歩は電話を切る。
こういうやり取りが出来るのも何か良いなぁと思ったのだった。


好きな人が自宅にいてくれるなんて幸せなこと、でしょ?


「…ただい…」
「あ、しぃちゃん!お帰りなさい!酷いのよ、遥ちゃんが!」
「日野森さん!…だからね、雫、抱きしめられてたら話出来ないってば…」
「ちょっと、何やってるのお姉ちゃん!ほら、離れる!…大丈夫?桐谷さん」
「…うん、大丈夫。ありがとう、日野森さん」
「だって、二人ばっかり楽しそうでずるいわ!私だって日野森よ??」
「それはそうなんだけどね…?」
「いや、だからってあんなぎゅうぎゅう抱きつかなくたって良いでしょ…」

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