第4回しほはるワンドロワンライ/キャラメル・特別

「…ただいま」
バンドの練習も順調に終わり、いつもよりほんの少し早く帰ってきた日の事。
「…おかえり!みのり、愛莉。早かっ…」
「…。…桐谷さん?」
「日野森さん!」
軽い足取りと明るい声に顔を上げれば、驚いた遥と鉢合わせした。
「ごめんね、みのりと愛莉かと思って…」
「別にそれは構わないけど。…もしかして生配信の?」
恥ずかしそうな遥にそう答え首を傾げる。
彼女はエプロン姿で、何やら鉄のバットを持っていたからだ。
「うん、そうなの。でもアーモンドプードルを買うのを忘れたみたいで、みのりと愛莉が慌てて買いに行ったんだ」
「ああ。…で、お姉ちゃんは?」
「雫なら電話がかかってきて今話してるよ」
ふわりと彼女が笑う。
今の時間なら…両親だろうか。
「日野森さんは、今日は練習?」
「うん。もうすぐワンマンだからね。気合入れて練習しないと」
「そっか、頑張ってね」
「ありがとう、桐谷さん」
何気ない会話に、志歩はほっと息を吐く。
こういう、シンプルなやり取りも良いな、と思った。
「あ、そうだ。日野森さん、キャラメルは食べられる?」
「別に、苦手ではないよ」
「本当?!良かった。…良ければお味見一つどうぞ」
今出来上がったばかりなの、と笑顔を浮かべる彼女の手元にあるのは、生キャラメルだ。
もうすぐバレンタインだから、と選ばれたらしい。
「ありがとう。…まだ手を洗ってないから、出来れば食べさせて欲しいんだけど」
少し冗談ぽく言えば彼女はきょとんとした。
それからクスクスと笑う。
「…日野森さんでもそんな事言うのね」
「私をなんだと思ってるの。別に冗談くらい言う…」
遥のそれに呆れながら返そうとする志歩に彼女は一つキャラメルをつまみ上げた。
「え」
「はい、どうぞ」
にこ、と笑い、それを口元に持ってくる彼女はどこまで本気なのだろう。
みのりや雫ならば天然も拭えないが…。
まあ彼女からやってきたのだし、と志歩も素直に口を開ける。
キャラメルを放り込もうとする手を掴み、指ごと口に含んだ。
「ひゃっ?!」
驚いた声を出す彼女を無視してキャラメルを舌で舐め取る。
甘い味が口いっぱいに広がった。
「…うん、美味しいよ」
「…もう」
率直に感想を言えば遥は目元を赤らめながらクスクスと笑う。
ちゅ、と指にキスをし、ご馳走様、と離した。
甘い味は後を引き、志歩は無意識に口を開ける。
驚いたような遥が柔らかい髪を揺らした。
「特別、だからね?」
遥が微笑む。
キャラメルのような甘い笑みで。


特別、なんて言われたら離せなくなるのに



きっと遥も分かっていて、2つめを志歩に向かって差し出した



(噎せ返る魅惑のキャラメルのような甘い甘い時間は、ほんのひと時だけだから)



(今だけ、この特別な二人きりを)

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