君がくれた花(獄都事変SSS

「斬島」
ふと後ろから己の名を呼ばれ、首を傾げながら振り返った。
「・・・田噛?」
そこにいたのは同じ獄卒見習いの田噛である。
いつも眠そうな橙の眸を何故か不機嫌そうに眇めてこちらを見る彼にもう一度首を傾げた。
「・・・なにか、ようなのか?」
何も言わない田噛に斬島が聞く。
彼が無口・・・というか面倒くさがって何も言わないのは知っていたが何か少しいつもとは違っていた。
「・・・。・・・やる」
ずい、と差し出された紫色の小さなそれ。
「・・・えっと?」
「ゆびわだ」
「ゆびわ?」
こてりと首を傾ける斬島にこくりと頷く。
斬島が知っている指輪とやらとは似ても似つかないそれに不思議に思っていれば手をぐいと引っ張られた。
指にはめられ、満足げに頷く田噛にまあいいかと思う。
彼のこんな表情を見るのも珍しかった。
「災藤さんがおしえてくれた」
「へえ」
手を持ち上げて空に透かす。
紫色の綺麗な・・・菫。
皆に自慢しようかと思っていればそれを見透かしたのか田噛は指を一本たて斬島の口にそれを押し付けた。
「ないしょ」
いたずらっ子の笑みに斬島も小さく笑みを浮かべて頷く。
遠くから聞こえる声に二人してそちらを見れば木舌が大きく手を振っていた。
おやつ、と口の形が動く。
その隣には谷裂が不機嫌そうな表情で突っ立っていた。
大方自分たちを迎えに来たのだろう。
文句を言われるのはたまらない。
「いこう、田噛」
「めんどくせぇ」
「おやつ、なくなるぞ」
「・・・それは、ごめんだな」
顔を見合わせ小さく笑い、二人は駆け出した。


指につけられた菫の花が小さく・・・揺れる。
その花に込められた言葉を風に乗せて。

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