夜半の秋/お月見(へし燭SSS・ワンドロお題)*大太刀長谷部×織田時代光忠

月の綺麗な夜だった。

珍しく周りは静かで、主命である書類仕事も捗った。
本丸に人がいないのかと思ったが如何やら月見団子を作っているらしい。
そう言えば先程光忠が「後で団子持っていくから」と言っていたような気がする。
「・・・団子、か」
ふと、長谷部の脳裏に思い浮かぶ一つの【出来事】。
まだ長谷部がこの本丸に顕著する前の時代の話。

その晩も、月が綺麗な夜だった。



静かな夜。
虫の声だけが響き渡る、世界。
少し冷たい風が国重の長い榛色の髪を揺らす。
「・・・国重、さま」
小さな声に振り向けば頭身にしては長い着流しをずるずると引き摺りながら長船の一振り、光忠が顔をひょこりと覗かせていた。
「おお、どうした」
「・・・何を、していらっしゃるのですか?」
こてりと首を傾げる光忠を呼び寄せ、膝に乗せる。
「ほら見ろ、月だ」
指を差す国重に光忠の藤目が輝いた。
彼の目が金に染まる。
「あれが、月・・・ですか」
「ああ、そうだ」
「・・・国重さまは、何を」
「月見をしていた」
傍の団子を指し、そう言ってやれば小さく首を傾げ乍ら光忠が「団子が月を見るのに必要なのですか?」と問うた。
「月を愛でる時には団子が必須らしい」
「そう、なのですか」
「ああ」
国重の言葉に光忠は驚いたように目を見開く。
適当に言ったそれだったが彼は信じているようだ。
「月と言うのは、綺麗ですね。国重さま」
光忠が月に手を伸ばし、ふわふわと笑う。
「落ちるぞ」
「落ちません」
足をぶらつかせ、無邪気に言う光忠の口に、団子を放り込んだ。
「ふいしえしゃま?」
振り仰ぎ、もごもごと口を動かしながら首を傾げる。
ひょこひょこと跳ねる黒の髪はどこかうさぎの様だった。
そう言えば月にはうさぎが住んでいるらしい。
「お前はうさぎを知っているか」
「はい!耳が長い動物でしょう?」
漸く団子を飲み込み、光忠がにこりと笑った。
あまりものを知らない彼だがそれは知っていたらしい。
「月ではうさぎが団子を作っているそうだ」
「!そうなのですか!」
それに、驚いたように言った光忠はさらに大きく手を伸ばした。
「団子は落ちんぞ、光忠」
笑い乍ら黒い髪を撫ぜる。
「そうです、が・・・?」
膨れ面をして振り仰いだ光忠が不思議そうな表情をした。
「国重、さ・・・ま・・・」
とろんとした光忠の目がゆっくりと閉じる。
平衡感覚を失い、ぐらりと揺れる光忠の小さな躰を抱き留め、国重は抱き上げた。
「月夜は恐ろしいぞ、光忠よ」
くっくと国重は笑う。
白い団子がころりと弾みをついて地に落ちた。

二人のその後は月だけが知っている。


(うさぎ、うさぎ、何見て跳ねる?

月のうさぎは夢を見る。

自由に跳ねる夢を魅る)

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