学生パロディ(へし燭SSS・ワンドロお題)

「タイム!9秒65!」
大和守安定の声が背後から聞こえ、俺は汗をぬぐう。
少し前より縮まったようだ。
「お疲れ様、長谷部くん」
柔らかな声に振り向くと、にこりと微笑みタオルを差し出す・・・長船光忠がいた。
彼は同じ学年の調理部で俺の・・・幼馴染『だった』。
とある事案がきっかけで俺たちは『幼馴染』という関係をやめ、『恋人』になった。
つい数時間前の出来事だ。
「長ふ・・・。・・・光忠」
「長船で良いのに」
くすくすと笑う光忠。
「俺が呼びたいからいいんだ」
「そっか。・・・えっと、じゃあ僕も変えた方がいいのかな?く、国重くん、とか・・・?」
こてりと首を傾げて言う光忠の肩をがしっと掴む。
「っ?!や、な、なに?!」
「あ、いや、すまん。・・・無理に変えなくてもいい」
びくんっと体を竦ませて怯える光忠に俺は言って笑みを向けた。
・・・思った以上に心臓に悪い。
顔は、赤くなっていないだろうか?
「う、うん。分かった」
「着替えてくる。待ってろ」
うん、と頷く光忠の頭を撫で、俺は部室に向かって駆け出した。


急いで着替えてきた俺だったが、光忠はその場に居なかった。
ぞわりと背に寒気が走る。
辺りを見回し、走り出そうとした・・・ところで。
「長船先輩のはちみつ檸檬美味しいですよね〜」
「ありがとう、安定くん」
「ずるい、俺も欲しい」
「お前陸上部でもないのに何言ってんのってかお前も料理部だろ!!」
「・・・何やってるんだ、お前ら」
「あ、長谷部君」
ぱ、と明るい顔をした光忠が俺の方を向く。
隣にいるのは陸上部のマネージャーである1年の大和守と光忠と同じ調理部の、同じく1年の加州清光だ。
「はちみつ檸檬ね、作ったの持ってきたんだよ」
長谷部君に食べて欲しくて、と笑む光忠。
いつも見ている顔だが今日は特に可愛かった。
思わず笑みがこぼれる。
「・・・。・・・安定どうしよう。長谷部がいつも以上に気持ち悪い」
「ちょっと、失礼だよ。否定はしないけど」
「おい、お前ら」
隣で繰り広げられるひそひそ話に突っ込むと「だあってさあ!」加州がぶすくれた。
「昨日までそーでもなかったじゃん!!前から仲良いなとは思ってたけど!」
「え、そうなの?」
加州のそれに光忠が首を傾げる。
・・・自覚無かったのか。
それはそれでショックなんだがな。
「っていうかなんなの?付き合ってるの?」
「そうだが」
ぶすくれる加州にそう言うと、二人揃って驚いた顔をした。
「え」
「は」
「・・・。何だ、その反応は」
加州は兎も角大和守までその反応をするとは思わず、思わず言う。
「いや長谷部先輩、付き合うとかそう言う考え有ったんだなって」
「どういう意味だ、それは」
大和守のそれにぐいと詰め寄ると誤魔化すように笑った。
・・・ったく。
「長船さん、長谷部選ぶとかほっんと趣味悪すぎ!!安定のがよっぽどマシ・・・いったぁ!!!」
光忠に詰め寄る加州・・・それに手刀をかましたのは大和守だ。
「誰が誰のマシレベルだって・・・いたっ」
「マシと言うなマシと」
頬を膨らませる大和守に今度は俺が手刀を食らわせる。
全く、失礼な奴らだ。
「ふふ。長谷部君は素敵な人だよ?優しいし格好良いし」
「・・・。光忠」
微笑む光忠の言葉に俺は思わず手を伸ばす。
え?と言う顔をした光忠に顔を近付けようとし・・・二人分の溜息に身を離した。
「あーやだやだ。お熱いんだから」
「清光、帰ろ。邪魔しちゃ悪いよ」
「そーね。・・・あ、パフェ食べにいこ」
「えーやだよ。なんでお前と二人で・・・」
ぎゃんぎゃんと言い争いながら二人が帰っていく。
・・・明日、テストだって言ってなかったか?あいつら。
「仲良いよね」
「そうだな」
くすくすと肩を揺らす光忠。
そっと引き寄せ、触れるだけのキスをする。
そのまま抱き締め・・・ようとしたところで彼が震えているのに気付いた。
「俺も・・・怖いか」
「・・・うう、ん・・・。大丈夫」
弱弱しい顔で光忠が笑む。
無理をするなと言って離れると彼は小さく「ごめんね」と言った。
「お前が謝ることはないだろう」
「・・・うん」
頷きながらもどこか申し訳なさそうな光忠の頬を撫でる。
彼が謝ることはない。
俺がもっと早ければ。
「なら、俺から頼みがある」
「え、うん、何?」
「インハイが終わったら・・・俺とデートしてくれないか」
「・・・い、いよ?」
「本当か?!」
「うん」
俺のそれに光忠がはにかむ。
幸せだ。
もっと早くこうすればよかった。
今更悔やんでも仕方ないけれど。
・・・過去を悔やむよりも今彼に幸せでいて欲しいと、俺はそう。
「インハイ、頑張ってね」
「ああ、無論だ」
にこりと微笑む光忠に俺は答える。
「お前が応援してくれるからな」
「長谷部くんったら」
くすくすと笑う光忠を抱きしめたくて、手を彷徨わせた挙句・・・黒い髪に手を伸ばした。
するりと指を通しそのまま下へ。
「帰るか」
「・・・うん」
手を握る。
光忠がふわりと笑む。
幸せだと、そう思った。

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