おはよう(へし燭SSS・ワンドロお題)*大太刀長谷部×織田時代光忠

初めて見たのは主が刀を収集している倉庫の中だった。
付喪神として、初めて顕著した・・・長船の一振り。
「おはよう、光忠。長船の子よ」
「・・・?」
藤色の目をぼんやりとこちらに向けて不思議そうに首を傾げる。
細い腕を持ち上げ、己の喉元に少年の手を当てた。
「お、は、よ、う」
「・・・ぉ・・・?」
「お、は、よ、う」
「ぉ、あ、よ・・・?」
掠れた声で、同じように紡ぐ少年。
これが、彼が顕著し付喪神としてこの地に下りてから発した初めての言葉になった。
神として生まれ落ちた光忠に初めての「おはよう」を。


「光忠」
「・・・?・・・国重様!」
声をかけると不思議そうな顔をした光忠が振り向き、嬉しそうに顔を綻ばせる。
言葉を教えてから暫く。
顕著してから光忠に声をかけたのはあれ一度きりだった。
その後は人形のような光忠を見ているだけだったが気まぐれに戦場に連れ出したところ、彼は刀としての『本能』に目覚めたのである。
ずるりと黒い着流しを引き摺り、にこにこと笑う光忠の黒い髪を撫でた。
「何処へ行く?光忠よ」
「これから主の元へ参ります、国重様!」
「そうか」
「はい!光忠めははよぅ国重様のように強くなりたいのです!」
ふわりふわりと可愛らしい笑みを浮かべて言う光忠。
それに長谷部も小さく笑みを浮かべる。
「・・・おはよう、光忠」
「?・・・もう昼ですよ?」
きょとりと首を傾げる光忠に「初めて会う時はいつでもおはようだ」と教えてやった。
なるほど、と呟いた光忠がにこりと笑う。
「おはようございます、国重様」
藤色の目が溶けるようになくなった。
長谷部の、榛色の長い髪が風に揺れる。
神としての自我を持ち刀の本能である「戦いたい」という気持ちを持つ、光忠に2度目の「おはよう」を。



「・・・くん、長谷部くん!」
身体を揺り動かされ、長谷部は目を開ける。
目の前には人の姿を取り、心配そうに見つめる光忠がいた。
あの時代から暫く、刀剣男士として顕著された彼は紫の目を金に染め、眼帯をしていた。
小さかった体躯は長谷部よりも大きくなり、「燭台切」という号を受けた彼はそれ相応に強くなっていた。
「あ、やっと起きた。・・・疲れてるんなら布団で寝たらいいのに」
「・・・。・・・燭台切、今何時だ?」
「今?寅の刻・・・15時だよ」
「そうか」
くすくすと笑う光忠にそう返して長谷部は身体を伸ばす。
お茶入れようか、と光忠が笑顔で言った。
「ああ、頼む。・・・燭台切」
「ん?何?」
呼びかけるとこてりと彼が首を傾げる。
本丸の窓から入った風がふわりと長谷部の短い髪を揺らした。
「おはよう、・・・光忠」
「!・・・おはよう、長谷部くん」
驚いたように目を見開く光忠はややあってへにょりと破顔させる。
強さをものにし戦場で本分を全うする、光忠に3度目の「おはよう」を。


からりと襖を開ける。
腕の中でぐったりとする彼を布団に戻した。
裸足のそこについた泥を丁寧に落とす。
「・・・ぅ・・・」
ぼんやりと目を開ける光忠。
「ああ、起きたか」
金の目と、隠されていた藤の目に笑いかけるとそれが見開かれガタガタと震え出した。
「長谷部く・・・な、んで・・・」
「逃げたところで無駄だと言っただろう?」
囁いて彼の腿に口付ける。
歪んだそれは支配の証。
ひ、と怯える光忠に長谷部はにこりと嗤う。
「おはよう、光忠」
戦場で舞い実践刀として生きたそこから離され閉じ込められ美術品へと堕とされた、光忠に4度目の「おはよう」を。


からりと襖を開けた。
すやすやと眠る光忠の足はいつもと同じで綺麗だ。
ゆらりと笑みを浮かべて長谷部は襖を閉める。
「・・・ん」
「光忠?」
軽い声に振り向くとぼんやりと目を開けた光忠がそこにいた。
「・・・長谷部、くん」
「おはよう、光忠」
「・・・。・・・おはよ、長谷部くん」
ふわりと彼が笑う。
生きる事を諦めた目で。
闘う事を望まなくなった眼で。
光忠は笑う。
降り込んだ雪は黒く汚れていた。
待雪草の花が風に揺れる。
すっかり刀としての生き方を忘れ長谷部のものになった、光忠に5度目の「おはよう」と、初めての「    」を。

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