声(へし燭SSS・ワンドロお題)*大太刀長谷部×織田時代光忠

ずるずると黒い着流しを引きずった少年が此方の姿を認めて破顔する。
「国重様!」
着流しと同色の、黒髪をふわふわと揺らし駆け寄ってくる・・・彼は号の無い光忠の一人。
一番末の『光忠』であった。
「どうした、長船の子よ」
「いえ!国重様のお姿が見えましたもので。・・・何をなさっていたのですか?」
「虫の声を聞いていた」
首を傾げる光忠を膝の上に乗せる。
口に指を当て、目を閉じるよう指示すると不思議そうな顔をしながらも紫色の目を閉じた。
鈴の鳴るような声が響く。
「これが虫の声ですか?」
「ああ。これは鈴虫だな」
「綺麗な声なのですね」
「お前の声の方が綺麗だがな」
黒い髪を撫でてやるとくすぐったそうに笑った。
ころころと、愛らしく。
もし彼が成長してしまえばこの声は聴けなくなるのだろうかとふと思う。
それは・・・大層勿体なく思った。
変化して尚それは美しいものだとは思うけれど、長谷部は今の彼を抱いていたいと、そう思ったのだ。
「・・・しかし、お前が強くなれば、この声は今後聞けぬだろう。お前の声が聞けなくなるのは寂しくあるな」
「?何故です?」
「声と言うのは成長と主に変化する。お前のこの声はこの姿の時だけだ」
長谷部のそれに光忠は大きく目を見開いた。
「声と言うのは変化するのですか!」
「ああ、そうだ」
頷き、だから寂しいのだと言う。
「変化し、その声は常忘れてしまう。そう言うものだ」
「この光忠、国重様の声は忘れませぬ」
「そうか」
「はい!」
光忠が笑う。

人は声から忘れていく生き物だと言う。


神である我々は果たしてどうなのだろうか。


・・・この澄んだ声を、愛らしい声を、永遠に覚えていたいと思う。

「国重様」
ふわりと優しい光忠の声が耳に届く。
「もう一度だ」
「え?」
「もう一度、呼んでくれ」
きょとりとした光忠が可愛らしく笑った。
「国重様が望むのであれば」


忘れてしまう可能性があるのなら、何度でも聞けばいい。
そうすれば、忘れないから。

その日、長谷部は夢見るまでずっと、彼の声を聞いていた。

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