バレンタイン(へし燭SSS・ワンドロお題)

襖を開けると甘ったるいにおいが広がった。
「あ、長谷部くん!」
にこっと長谷部を認めた光忠が笑う。
「なんだ?これは」
「この間ちょこれーとを買ってきてくれただろう?」
微笑む光忠にそういえば、と頷いた。
普段物を欲しがらない光忠が珍しく頼むので買いに行ったのである。
「それを別のお菓子にしようかと思って」
「何故?」
何故そんな面倒な事をと首を傾げれば小さく笑った。
「今日はばれんたいんだよ」
「ばれ・・・なんだって?」
「ばれんたいん」
機嫌良さそうに光忠が笑う。
それでもよく分からなくて長谷部は首を捻った。
「・・・聖燭祭のことか?」
「違う違う。それは被献日でしょう?」
くすくすと光忠が笑う。
「好きな人にちょこれーとを送る日だよ」
「なんだ、それは」
首を傾げる長谷部に、んっとね、と光忠が少し上を向く。
「昔の西洋でね、戦士の士気の低下をおそれて兵士たちの結婚を禁止したんだって。その禁令に背いて恋人たちの婚礼を執り行ったのがこの『ばれんたいん』の名のもとになった聖職者。まあ捕えられて処刑されちゃうんだけど」
「婚礼如きで士気が下がるとは思わんがな。寧ろ、護るべきものがいると言うのは生きて帰らなければならんと俺は思うが」
「・・・」
長谷部の言葉をぽかんとした表情で見上げた。
「なんだ?」
「・・・長谷部くんがそんな事を言うとは思わなかった」
呆けたそれの光忠の頬を軽く抓る。
「い、いひゃい!」
「失礼な奴だな、お前は」
「・・・だって」
むくれる光忠に長谷部は溜息を吐いて見せた。
・・・まあそう言われるのは長谷部の普段からの言動の所為でもあるのだけれど。
「あ、ねえ長谷部くん、今日は・・・」
「今日は出陣だ」
「・・・そっか」
しゅん、とする光忠の黒い髪を撫でる。
「何、すぐ戻る」
それを可愛いな、と思いながら長谷部は笑った。
「嫁もいるしな」
「・・・もう」
頬を染める光忠に、ぐい、と何かを口に押し付けられた。
口が甘い。
美味いと言えば、へにゃ、と顔を緩ませた。
「無事に帰って来てね」
「無論だ」
ちゅ、と触れるだけの口付けをする。
「お前が待っているからな」


口の中に広がる

甘ったるいちょこれーと



ふわりと微笑んだ光忠のそれは

どこか壊れた様相をしていた



(バレンタインは死んだのだ


彼の笑顔と共に)

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