七夕(へし燭SSS・ワンドロお題)

7月に入り、本丸に大きな笹が届いた。
何のためのそれかと思いきや、七夕祭りのためのものらしい。
「七夕祭り?」
「何、へし切、知んないの?」
ひょこりと顔を見せたのは加州清光であった。
「へし切と呼ぶな!」
「固いよねぇ」
怒鳴る長谷部に清光がけたけたと笑う。
まったく、と息を吐き、ふと清光の肩に見かけぬものがかかっているのを見、首をかしげた。
彼には羽衣が肩からかかっていたのである。
「なんだ、それは」
「これ?知らない。主がくれたの。七夕祭りに使うんだって」
指摘したそれを指で摘まみ、あっけらかんと清光が言った。
初期刀の彼を主が甘やかしているのは知っている。
それが趣味と実益を兼ね備えていることも。
「清光!光忠さんが呼んでるけど」
「燭台切さんが?分かった。んじゃね!」
向こうから来た大和守安定のそれにぱたぱたと清光が走っていく。
安定の肩には羽衣はなかった。
「結局羽衣はなんなんだ?」
「長谷部さん、知りません?」
一人ごちた長谷部に安定が笑う。
何を、と問えば彼は「七夕物語です」と言う。
七夕物語、真面目な彦星と織姫が結婚し、遊び呆けていた為に人々が困り、遂には神から天罰を食らって天の川を挟んで引き離される話と記憶しているが。
あまりに二人が嘆き悲しむから7/7の夜だけ鵲が橋をかけてやり邂逅を赦すのだ。
下らない、と思う。
川なんぞ飛び越えて会いにいけば良いのに、と。
「もうひとつの七夕物語は?」
「うん?」
安定のそれに首を傾げた。
彼が悪い笑みを浮かべる。
こうした時は大概ろくなことはなかった。
今回もそうなのだろう。
「知らないなら教えてあげますよ」





「…あ、の……長谷部くん?」
「なんだ?」
風呂場の扉を挟んで向こう側、困惑しきりの光忠がいた。
彼もまた羽衣を持っていて、主も悪趣味だとくつくつ笑う。
光忠が羽衣を持つのは近衛だからだ。
…そしてもうひとつ。
「…ね、僕の服返してくれないかな」
「駄目だ」
進言する光忠にきっぱり言って風呂場から引っ張り出した。
「なんで?!や、僕裸…長谷部くん!」
光忠が怒鳴る。
彼はは今一切纏うものがなくなった、つまり全裸だった。
せめて下着を、と言い募る光忠を抱き上げる。
「っ?!待って、話聞いて…長谷部くん?!」
光忠がきいっと喚くのを無視して長谷部は自室に向かった。


もうひとつの七夕物語。

織姫の羽衣含む衣服を隠し、天界に帰れなくした彦星は途方にくれる織姫をだまくらかしてそのまま結婚する、という話。
羽衣はそれになぞらえられているのだろう。
全く、悪趣味な。
小さく笑いながら長谷部は暴れる光忠を押さえつけた。
笹の葉がさらさら揺れる。

七夕、会えない恋人たちが逢瀬を通わす日。


(待つより貶めたいのだ、喩え不幸が待っていようとも)

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