貴族長谷部×没落貴族光忠♀ ~まくあい~

部屋を出ればそこには思った通り末弟である安定が佇んでいた。
「盗み聞きか?趣味の悪い」
「まさかぁ。お兄様じゃあるまいし」
くすくすと長い髪を揺らす安定。
…誰に似たのだか。
「…お前だろう、光忠に媚薬を飲ませたのは」
遠回しに聞くようなそれでもないため直球をぶつけてみる。
喘ぐ彼女は明らかに目がおかしかった。
加えて、嫌がっているのに相反して躰が欲情しているのもおかしい。
例えそういう性癖…だとしても、だ。
「あれ、バレちゃった?」
驚くような素振りを見せることもなく安定はあっさりと認めた。
「可愛いよね、あの人。疑うことしないんだもの」
「余計な真似をするな。あれは俺のだ」
機嫌良く笑う安定を睨みつける。
あれ、は…俺のだ。
笑う表情も、溶ける金の目も、柔らかな声も、真っ白な体も、しなやかな手足も…何もかも全て。
「あれ…ねえ。お兄様はあの人の何が好きなの?」
「…は?」
「僕は清光のころころ変わる表情が好き。お兄様は?…光忠さんのどこが好き?」
笑い、安定が聞く。
何処が好き…か。
「…そうだな。敢えて言うならば…目、だ」
「目?」
「ああ。優しく眇られ、溶ける金の目。恐怖に見上げられる、隠れた髪から覗く紫の目」


「こんばんは、お嬢さん」
「…だあれ?」
部屋に入るとベッドの上に腰掛けていた少女がこちらを見てこてりと首を傾げた。
彼女は長船清光、光忠の…大切な妹君。
そして我が末弟が選んだ婚約者(せいどれい)
「この家の次期当主、長谷部国重という。以後お見知りおきを」
「国重…ああ、安定のお兄さんか」
初めまして、とふわふわ微笑む清光はどことなく光忠に似ている。
しかし、黒のハーフアップドレスに、赤いリボンに黒のレースをあしらえたガーターベルトを巻いた白い足をしどけなく投げ出してベッドに座る清光は、どこまでも苦さを求めた甘いだけの幼い少女に思えた。
「それで?俺…あー…私に何の用?」
「俺、で構わん。…光忠が、妹君は元気かとしきりに聞くのでな」
「光姉ぇが?…気にしないでいいのに」
もー、とくすくす笑う清光に、座っても良いかと尋ねる。
良いよ、と笑う彼女の隣に腰掛けた。
「!…隣に座られるとは思わなかった」
「不満か?」
「ううん、別に。…でも、ふつーは隣じゃなくて前じゃない?」
紅の目を見開いたかと思えばそれを眇めて可愛らしく笑い、茶目っ気たっぷりに俺に忠告する。
ころころと代わる表情。
ああ、なるほど、と思った。
「紅茶は好きか?」
「ん?うん、好き。…でも安定が『僕が入れたもの以外は飲まないで』って。我侭だと思わない、お兄様?」
軽く笑う清光に、既に手は打ってあったか、と内心関心する。
…ならば。
「そうか。お茶でもと思ったのだが」
「気持ちだけ貰っておく。ありがと」
「いや。…ところで、お嬢さん。貴女は俺の弟をどう思う」
「どうって。…うーん…優しい、よ?そりゃ、ちょっと無茶な事言ったり愛してるとか好きだとかそりゃーもうくすぐったい事言ったりするけどさ、そういうのも嬉しいなって。俺、あんまりそういう経験ないから。





「…お兄様でもこの娘に手を出したら赦さない」
「先に手を出したのはそっちだろう」
睨む安定に笑って返す。
先に手を出したのはそちら。
俺はただ突いて見せただけ。
それ以降どうなろうが…俺の知った話では、ない。
「末の。俺のものに手を出したらこうなると分かっていてやった、そうじゃないのか」
「…。自分勝手だよね。お兄様は何処までもそう。僕が同じことを光忠さんにしたらそれこそ僕を殺す、違う?」
「そうだな」
安定の質問は真理であったから否定もせず頷いた。
彼の顔が歪む。
「媚薬を飲ませた代償が精神崩壊だなんて、よくやるよ。いずれ彼女もそうするつもりなの」
「まさか。光忠に精神崩壊など望まない。ただ…俺に笑みを向けてくれれば」
「…人の婚約者は精神崩壊させておいて?」
「お前が人の物に手を出し、媚薬を飲ませ肉体を変えてしまうからだ」
「悪趣味」
「どちらが」

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