○○しないと出られない部屋、マキカイの場合(カイコク受け)

ドアのロックが解除されてから随分経つのに、来るはずの彼は一向に来ず、マキノはぽつんと置かれた大きめのベッドにその身を沈みこませた。
眠い、と思いながら目を瞑る。
脳裏に思い浮かぶのは先程首筋にキスを落とした時の彼の反応だった。
びっくりするだろうとは思っていたがまさかあんな声を出すとはマキノも想定外だったのである。
彼…カイコクはいつも飄々としているからもっと余裕があると思っていたのだけれど。
『…ちょっと、かわいかった』
ゆっくりと出た答えがそれだった。
そうして、マキノは今回の部屋の内容を思い出す。
今回は【鬼ヶ崎カイコクにキスした場所を責めないと出られない部屋】。
マキノがキスをしたのは彼の首筋だった。
首筋なんてどうやって責めれば良いのだろう。
確かにマキノの十八番は恋愛シュミレーションゲームだ。
しかし、内容としては女の子から告白される、またはこちらから告白してオーケーを貰えばエンディングになるものばかりで、勿論マキノはその先を知らなかった。
だから、どうすれば良いのか分からない。
もっと暗闇に行けば何か分かるだろうか、と意識を沈みこませようとしたその時。
「…かわ、逢河」
聞き覚えのある、柔らかい声が聞こえた。
「…寝てやがんのかい」
小さく笑うその声はどこか安堵を含んでいて。
ぽすりとベッドに腰掛ける彼を、ぐいっと引きずり込む。
「おぅわ?!!」
「…起きてるよ」
ちゅ、と首筋にまたキスをした。
小さく声を上げるカイコクの頭を撫でる。
「…お前さん…っ!ぅ、ひ…っ」
「大丈夫、すぐ、終わるから」
振り向き、焦った声を上げるカイコクにマキノは指を這わせながらそう言った。
それに恨めしそうな表情をするカイコクは絶対にマキノの目を見ない。
今だけではなく、それは前からだった。
何か嫌われるような事をしただろうか、と思っていたがどうやらそうではないらしく。
何故かと一度問うてみた所「…お前さんには悪ぃがな、俺が俺でなくなる気がして…怖ぇんだ」と弱々しげに微笑まれたから、マキノは何も言わない事にしていた。
確か、一度目をじぃっと見られた時、妙な気分になる、と言っていた気がする。
自分の心が自分でコントロール出来ないのは嫌なんだろうな、と思った。
それでなくても、未来しか見ていないカイコクの綺麗な瞳は、マキノには眩しすぎる。
過去を振り返ってばかりのマキノには、過去を捨て自由に生きるカイコクが途轍もなく輝いて見えた。
だからこそマキノはカイコクの首筋に触れたかったのだ、と思う。
彼自身も見えるものではないから。
人目に晒されないそれは、マキノしか見ることが出来ない、特権であるように思えた。
出来れば誰にも見せないで、とマキノは願いながらそこに触れる。
瞳を見る事が出来ないマキノが、彼の首筋に触れたい、他の人に触れさせたくないと思うのはもはや固執とさえ言えた。
「…んぅ、ん…ふ…っ」
…と、目の前のカイコクが声を抑えるように自分の腕を噛み締めているのに気付く。
「…だめだよ。カイコッくんが痛いのは、だめ」
そっと腕を外してやり、代わりに自分の指を口の中に入れてやった。
彼の体が傷付いてしまうのは本意ではない。
綺麗な声をしているのだから聞かせてくれても良いのに、とマキノは漫然と思った。
「…ぅ、あ…や…」
だが、カイコクはふるふると首を振る。
不思議に思い、首を傾げるとカイコクは何やらもごもごと口を動かした。
何度か聞き返したところ、要約すれば「お前さんが痛いのも駄目だろう」ということらしい。
大丈夫なのに、と思いつつ存外に優しい彼に小さく微笑んで、首筋を舐め上げた。
「…ぅうっ!!…ひ、は…はぃ…ひゃぁあっ!」
首を振り、何やら必死に訴えてくる。
「…きたなくない、よ。カイコッくんは、きれい、だから」
「ひゃ、ぁうっ!」
違う、とカイコクが叫ぶが、マキノには何が違うのかが全く分からなかった。
首筋に顔を埋め、いっぱいに息を吸い込む。
シャンプーだろうか、何だか懐かしい香りが広がった。
「…開いた」
無機質な音に、ふと顔を上げる。
ロックが解除されました、という機械音は確かにカイコクが望んでいたもののはずなのに、彼は一向に動こうとしなかった。
「…?」
起き上がり見下ろせば、くったりとしたカイコクがいて。
キャパシティが完全に超えてしまったのか、どうやら夢に逃げることにしたようだ。
静かな寝息を立てるカイコクは綺麗だ、と思う。
いつか、その瞳が見れたら良いな、と思いながらマキノも再び横になった。
背後から彼を抱きしめ、目を閉じる。
年上で、少し意地っ張りな所が…マキノの好きだった人に少し似ている、と思いながら。


「逢河、頼む…離してくんな…逢河ぁ…っ!」
数十分後、夢から覚めたカイコクの悲痛な叫びが響く事になろうとは…マキノはまだ、知らない。

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