ハロウィンなので高校の制服着てください! ザクカイ

「あ、忍霧さん」
ぱ、と嬉しそうな声で呼ぶのは割烹着を着たヒミコであった。
「…伊奈葉?」
「クッキー作ったんです。今日はハロウィンなので…お一つどうぞ」
ぽわぽわと笑む彼女が皿を差し出してくる。
その上にはかぼちゃの形をしたクッキーが乗っていた。
「…器用なものだな」
「えへへ、ありがとうございます」
「…味も美味い」
ほろりと口の中で解けるそれは、確かに美味で、ザクロは小さく笑みを浮かべる。
「良かったです」
「…。…もう一枚貰っても?」
ザクロのそれに、はい!とヒミコが笑んだ。
礼を言い、ひとつ摘み上げて踵を返す。
「甘さは控えてるので…多分、大丈夫だと思います」
後ろからする、彼女の可愛い声に苦笑した。
…どうやらヒミコには行き先やら何やらがバレているらしい。
ノックをし、返事を待たずに部屋に入った。
「鬼ヶ崎」
「…ん……」
部屋の主であるカイコクは昨日無理をさせすぎたのかそれとも元の性分か、まだ布団に包まっている。
寝顔は可愛いのに、と思いながらザクロはクッキーをティッシュを敷いてからその上に乗せた。
「鬼ヶ崎、起きろ」
「…おし、ぎりぃ…?」
ぽやん、とした声は、以前寝顔を見せるのが嫌だと言っていたのが嘘のように気が抜けている。
それ程に信頼されているのかと嬉しくなった。
「ああ。よく寝ていたな」
「…誰の、せいだと…思ってんでぇ…」
くしゃりと黒髪を撫ぜてやればカイコクが少々ブスくれる。
どうやらここまで眠ってしまったのはザクロのせいだと言いたいようだ。
「悪かった」
それに自覚はあるから素直に謝る。
カイコクもその返答に良しとしたのか、起き上がってもそもそと着替えはじめた。
「…帯がねぇ」
今気付いた、と言わんばかりの声を出したカイコクがにこりと笑う。
そうして。
「忍霧ぃ、とって」
「…わかった」
はぁ、とザクロは溜息をついて立ち上がった。
そこまでしなくても、と思うがどうしてもこの笑顔には敵わないのである。
押し入れを開け、桐箪笥に手を伸ばそうとしたその時。
ふと、見慣れないものがあるのに気がついた。
「…これは」
「?忍霧?」
固まったザクロを不思議に思ったのか、カイコクが首を傾げる。
「なあ、これは…」
「ああ、それ。高校ん時の制服だな。また懐かしいものを…」
ひっぱり出してきた服を見せるとカイコクがふわふわと笑った。
ザクロは高校2年生、対するカイコクは大学1年生だ。
普段は気にしたことも無いが…そういえば彼の制服は二度とお目にかかれないものだと思い出す。
「…着てくれないか」
「…はぁ?なんで」
思わず出たそれはカイコクが驚くのも無理はない発言だった。
だが、見てみたいのはまごうことなき本音で。
それは口には出来ず、パニックになったザクロは思わず「ハロウィンだからな」と言ってしまう。
「…ハロウィン…。ああ、トリック・オア・トリートってやつかい?」
「そうだ、それだ」
カイコクの言葉に便乗すれば、「仮装でもなんでもねぇ気がするんだが」と彼は楽しそうに笑った。
「まあ、付き合ってやっても良いぜ?」
「本当か?!」
「但し、お前さんも着て来な」
「…俺も?」
くす、と微笑まれ、ザクロは一瞬首を傾げたが、分かったと頷く。
「着替えてくる」
そう言って自室に戻り、クローゼットを開けた。
制服に手を通すのはどれくらい振りだろう。
ここはカレンダーもないから日付感覚がいまいち分からなかった。
ループ帯をきっちり締め、ブレザーを着込んだザクロはカイコクの部屋に戻る。
「…待たせた…な……」
遅ぇ、と、笑うカイコクを見、ザクロは思わず固まる。
黒いスラックに白の靴下、白のYシャツと臙脂のネクタイに…ニットベスト。
ブレザーは想像より綺麗に着こまれていた。
「どうしたんでぇ、忍霧」
にこり、と笑うカイコクは眼鏡を着けている。
入れ墨が見えないから一瞬誰だか分からなかった。
「いや…制服は真面目に着るんだな、と」
「これでも真面目だったんでね」
「…言っていろ」
可愛らしく笑うカイコクにザクロは溜息を吐く。
普段は飄々と人を煽るくせに、と。
「忍霧」
「なん…」
「トリック・オア・トリート」
にこ、と笑みを浮かべ、カイコクが言う。
「…ほら」
先程ヒミコから貰ったクッキーを口に突っ込んだ。
貰えるとは思っていなかったのか驚いた顔で咀嚼するのが少し面白い。
「こ、れは」
「伊奈葉からだ」
「…なるほど」
納得した、と言う彼に今度はザクロが言う番で。
「ところで」
「え…」
「TRICKyetTREAT?」
囁くと、え、と小さく声をもらした。
「待て待てお前さん、今イエットって」
「何か問題が?」
焦るカイコクに純粋に首を傾げる。
「…っ!!少しは年上を労るっていう…!ん、ぅうっ!!」
文句を言いかける彼へ、ちゅ、と口付けをした。
普段揶揄われているのだし、別に良いだろう。
…それに。
「真面目だった貴様には色々教えて欲しいんだ。…頼めるな?鬼ヶ崎、先輩」
マスクを外してザクロは笑った。
制服のカイコクがあまりに可愛かったから。
彼の当時を知らない自分に酷く腹が立ったから。
菓子のように甘い彼に悪戯をしたくなった。
「先輩は、卑怯だろぅ……。…ん、んぅうっ!!」
モゴモゴ言うカイコクに今度は深く深く口付ける。
それは、仄かなかぼちゃの味が…した。
(今日は素敵なハロウィン!)

(あまりに便乗しすぎじゃないかって?それは言わないお約束!)

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