風邪(へし燭)

光忠が倒れた。

それを聞いたのは遠征途中の道すがらだった。
倒れた。
光忠が。
…いつ?
…なぜ?
戦闘中か、遠征中か、それとも。
逸る気持ちを抑えきれず、それでも一人だけで帰るわけにもいかず、結局本丸に辿り着いたのは夜も更けた頃だった。
「…光忠!」
「…しーずーかーに」
勢い良く襖を開けた長谷部に言ったのは口に人差し指を当てた長義である。
隣には船を漕ぐ安定の膝枕で寝息を立てている清光、奥には穏やかな顔で寝ている光忠がいた。
ほっとへたりこむ長谷部に長義が小さく笑う。
「風邪だよ。ちょっと前から調子悪かったみたいで。さっきまでこの二人が看病してたんだけど…もう大丈夫だね」
「…そうか。すまない」
長義に礼を言い、そっと光忠の髪を撫でた。
風邪、といってもどうせ限界まで無茶をしていたのだろう。
まったく。
風邪の如きが一番危険だと彼も分かっているだろうに。
「…さて、じゃあ俺は行こうかな。この二人も運ばないと」
「…ああ、そうだな。手伝おう」
立ち上がる長義に続こうとするとそれを制された。
不思議に思い見上げれば、長義は「何の為に帰ってきたのかな?」と言う。
「傍に居てあげなよ。二人を運ぶのなんて、偽物くんがいれば充分だから」
「…俺は写しであって偽物ではないんだがな」
はぁ、と溜め息を吐き、入ってきたのは国広だ。
ひょいと長義が清光を、国広が安定を抱き上げ出て行く。
お大事に、という言葉を残して。
ぱたん、と襖が閉まると、長谷部はほぅ、と小さく息を吐き出した。
「…ん……せべ、く…?」
と。
ぼんやりと目を開き、とろんとした表情で光忠がこちらを見る。
「…光忠」
「…はせべ、くんだぁ……」
へにゃりと笑う光忠はまだ夢見心地なのだろう、どことなくふわふわしていた。
「無茶し過ぎだ、馬鹿」
「…うん……。ふふ、長谷部くんの手、冷たい……」
彼の頬に手を触れさせると、光忠はそれに擦り寄りそのまま再び眠ってしまう。
普段は絶対に見せない様子にふは、と笑った。
可愛らしいが、やはり何時もの光忠が一番好ましい。
格好つけで、誰よりも優しく誰よりも無茶をする…光忠が。
「…早く、治せ」
そっと持ち上げた髪に口付ける。
暫くそうした後、起きた彼に粥でも、と立ち上がった。

name
email
url
comment