司冬と類冬で1123

「…おや、君は」
「…」
廊下でぽつんと立っていた少年に声をかけると、彼の方も軽く会釈をした。
確か彼はあの司を尊敬しているという後輩、名は…。
「青柳、冬弥くん」
名を呼ぶと彼は不思議そうな表情をしてみせた。
困惑をしながらも、はい、と返事をする彼に、良い子だな、と思う。
自分で言うのもなんだが、神高の変人ワンツーの片割れである類に声をかけられたら逃げようとするのが普通だろうに。
「どうしたんだい?もしかして、司くん待ちかな」
「はい。…この間、先輩からハンカチをお借りしたので、返しに来たんです」
「へぇ、律儀だねぇ」
にこりと笑って類は冬弥の隣に立った。
ほんの少しだけ目線が下になる。
いつもはもう少し下だから、新鮮な気分だった。
「神代先輩は、その」
「僕も同じだよ。尤も、僕の場合はショーの打ち合わせだけれどね」
小さく笑ってみせると、冬弥もそうですか、と柔らかい笑みを見せる。
「青柳くんは司くんと随分昔から知り合いなのかな?」
「はい。幼少の時、ピアノ教室で…」
冬弥が話すそれを聞きながら、類は興味深い子だな、と思った。
あの司を慕っているというからどんな変わり者かと思いきや。
優等生然とした彼と司とはあまり合わなさそうなのに、不思議だな、と小さく笑む。
「…?あの」
「ああ、すまない。君のような後輩…もっといえば弟がいたら誇らしいな、と思ってね」
「弟、ですか」
首を傾げる彼に、類はにこりと笑った。
「青柳くん、兄弟は?」
「…兄が二人…です」
「なら、僕が三人目の兄になっても?」
「…え」
「こら、冬弥を困らせるんじゃない!」
困惑する冬弥が何か言う前に、よく聞く声がこちらに届く。
「司先輩」
「大丈夫か、冬弥。類に変なことされていないか?」
「あっ、心外だなぁ。僕だって誰彼構わずそんなことはしないよ」
本気で言う彼にいけしゃあしゃあと言えば、司は目を見開いた。
「オレはどうなんだ!!ん?!」
「いやぁ、だって司くんだからね」
「理由になっとらんわ!」
ツッコむ司が息を吐く。
隣では冬弥がふわりと笑みを見せていた。
「…仲が、良いんですね」
「そう見えるか?」
げっそりと司が言う。
まったく、彼は失礼なのだから!
「フフ、青柳くんは良い子だねぇ。益々弟にしたいよ」
「やらん!冬弥はオレの後輩であり弟でもあるんだぞ!」
「君には可愛い妹がいるじゃないか」
「それはそれ、これはこれ、だ。大体咲希は最近バンド仲間と楽しそうでなぁ…」 
ギャーギャーと(主に司が)言い争っていればどうしようというようにこちらを見ていた。
「ほら司くん。大事な弟が困っているよ」
「む」
そう言って冬弥の髪を撫でれば、司はすぐに大人しくなる。
チョロくて助かるなぁなんて思いながらにこりと笑いかけた。
「青柳くん。…いや、冬弥くん、と呼んでも?」
「…俺は構いません」
「じゃあ冬弥くん」 
類は笑い、人差し指を顔の横で立てる。
「君はどうだい?」
「え?」
「どちらが兄になって欲しいか、君に決めてもらおうじゃないか」
笑みを作る類に、司は少し複雑そうだ。
また冬弥を巻き込んで、というのと、純粋に答えが気になっているのとの半々だろう。
件の冬弥はといえば少し悩んでからおずおずとその小さな口を開いた。
「…司先輩は、昔から俺にとっては兄のような存在でした。…本当の兄なら良かったのにと思ったこともあります」
「…冬弥…!」
「神代先輩は、会ったばかりですが…さっき頭を撫でてくれた時、不快感がありませんでした。優しい手で、弟になれたら素敵だろうなと、思いました」
「…冬弥くん」
嬉しそうに目を輝かせた司と意外そうに彼の名を呼ぶ類に、冬弥は言葉を紡ぐ。
「なので、俺には決められないです」
「なら、二人とも兄でいれば良いではないか!」
それに対し、司が笑った。
いつものように自信たっぷりに笑いながら冬弥の腰を抱く。
そうだねぇ、と類もまた笑いながら冬弥の頭を撫でた。
「学校限定兄弟、なんていうのも悪くないかもね」
「…なら、お二人は先輩兼兄さん、ですね」
困った顔をするかと思えば冬弥は僅かに笑みを浮かべる。
ん?と二人して冬弥を見れば彼はいつもの表情で。
「司兄さん、…類兄さん」
いつもとは違う呼称でそう呼ぶから。
二人とも理解が追いつかなくなる。
意外とこういうのも乗ってくれるんだなぁ、とだけ思った。
「…すみません、嫌でしたか?神代先輩、司先輩」
「…いや、大丈夫だよ」
「寧ろもう一回言ってくれないか、冬弥…?」
不安そうに聞いてくるからそう返せば司がそんな事を言い出す。
はい、と表情を緩めた冬弥は、帰るまで二人を【兄さん】と呼ぶことになろうとは…まだ知る由もなかった。


君が望むなら、兄になるよ。

それが良い兄であるかは分からないけどね!!


「ねーねー、彰人。アンタの相棒、変人ワンツーを兄と呼んでるって噂立ってるけど、本当なの?」
「…はぁ?!なんだよそれ…冬弥ぁあ!!」

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