可愛い系類冬

いつものフェニックスワンダーランド。
いつものメンバー。
…とは違う人が、そこにいた。
「やあ、待たせたかな」
「…神代先輩」
声をかけると、ホッとしたように類を見る。
彼は青柳冬弥。
一つ下の、可愛い後輩だ。
そして、最近になり類とは恋人同士になった。
そこに至るまでに紆余曲折あったが…それは以下省略。
何はともあれ、彼は恋人で今日は初デートなのである。
「じゃあ行こうか」
「…はい」
手を差し出すとわずかに微笑み、それを乗せてきた。
初デートなのだから、と思うが冬弥は「…フェニックスワンダーランドが良いです」と言ったのである。
彼の幼馴染であり、ショーの仲間である司曰く、「ああ。冬弥は幼い頃からピアノやバイオリン一筋でやらされていたからな。そういった娯楽施設は行った事がなかったのだろう。最近になって彰人や音楽仲間と行ったようだが…。…恋人と行くのはまた違うんじゃないか?」、らしかった。
ならば、と待ち合わせを少しばかり遅い時間にしたのである。
乗り物ではしゃぐ歳でもなし、類たちの昼公演が終わってから園内を回ろうと言ったのだ。
あまり表情に出ない冬弥が嬉しそうにしていたから、このプランで成功だったのだろう。
「あの、先輩たちのショー、素晴らしかったです!特に、錬金術師が術を放った時の演出が…!」
「うんうん、あれは僕も渾身の出来でねぇ。上から見た時にも綺麗に映えるようにしてあるんだよ」
熱く感想を述べる冬弥にくすくすと笑いながら、ドローンの映像を見せた。
本来なら映像より、実際に見た方が美しさが伝わるのだが…。
「そうだ。冬弥くん。観覧車に乗らないかい?」
「…え?」
「実際に見てほしいんだ。装置の作動はこのスマホで出来るし…」
どうかな?と微笑む類に、冬弥はややあって頷く。
先程までとは違った態度におや、と思うが些か緊張しているのだと思った。
…それが過ちとは気付かずに。
観覧車までの道でも普通に見えたから、その違和感は気のせいなのだろうと類は笑顔を向ける。
ゴンドラに乗り込む際にも躊躇していたから、動いているものに乗るのが苦手なんだろうと手を引いた。
ダンスをやっていると聞いたから、動体視力や運動神経は悪くはない…はずなのだけれど。
不思議に思いながら、段々と上がっていくゴンドラに、類は、ほら、と冬弥に景色を見せようと振り返った。
「…え?」
隣に冬弥がいない。
勿論対面にもいない。
ならばどこに。
「…冬弥くん?!」
「…す、みま…せ…」
ガタガタ震えながら驚く類の服の裾を掴み、座り込む冬弥は普段より青白い顔をしていた。
まさか、と思う。
「…冬弥くん。君は高い場所が苦手、なのかな」
「…」
抱き寄せながら聞けば彼は僅かな躊躇の後、こくりと頷いた。
「…何故、言わなかったんだい?」
「…先輩の言う景色を見てみたくて。それに、先輩が居てくれるなら大丈夫だ、と」
無理したように言う冬弥に小さくため息を吐く。
びくりと震える彼を立たせ、隣に座らせた。
「…あの、先輩…?」
「乗ってしまったものは仕方ない。…気づくのが遅れてごめんね、冬弥くん」
「…いえ。俺も…言わなくてすみません」
不安そうな冬弥の髪を撫でる。
恋人に気を遣わせてしまった。
これは類の落ち度だ。
寄りによってシースルーゴンドラなのだ、高所恐怖症の彼には怖くてたまらなかっただろう。
現に今も類の腕に縋って震えていた。
「…ほら、こっちに」
「わっ?!」
ぐい、と、ゴンドラが揺れないように抱き寄せる。
…外が、見えないように。
「…あの、せんぱ…?」
「大丈夫だよ、冬弥くん。…今は僕だけを感じていると良い」
見上げてくる彼に優しく言えば、冬弥は小さく、はい、と言った。
ゴンドラが回り切るまでの間。
その時間が、彼にとって辛いものでありませんように、と…願った。



「冬弥くん?あの…何か飲み物を買いに行きたいのだけれど…」
「…すみません、まだ足が震えて…。…今離れるのは、嫌…です…」
「可愛いことを言うねぇ。このままじゃ綺麗な花火も見られないよ?」
「…先輩となら、どこから見ても綺麗です…から」
その後、地上に降りてからも暫く抱きついて離れない冬弥と、満更でもない顔の類が目撃されるのは…また別の話、である。

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