卒業後に同棲する類冬

「…ん…」
ぼんやりと神代類は目を覚ました。
時計を見ようと腕を伸ばしたところで…ふと違和感を覚える。
「…おや」
腕に抱え込んでいた違和感の正体に類はくすりと笑みを零した。
すやすやと、恋人兼同棲相手の冬弥が寝息を立てていたからである。
珍しく類よりも遅起きなのは、昨日無理させたからだろうな、と思った。 
そうっと抜け出てキッチンへ向かう。
早く目が覚めたほうが朝食の用意をする、というのは同棲を決めた時に二人で定めた約束の一つだ。
お湯を沸かして珈琲を淹れ、ついでにトーストを焼く。 
ハムの上に卵を割りフライパンで焼けば類流の朝食の完成だ。
野菜は一切無いが…そこはご愛嬌である。
「…や、おはよう。冬弥くん」
「…。…おはようございます、類さん」
テーブルにセットしていればようやっと冬弥が起きてきた。
笑顔を向ければ冬弥も僅かに微笑み類の名を呼ぶ。
昔は『神代先輩』と呼んでいたから…慣れないのもあるのだろう。
…まあそれは類の方もなのだけど。
高校をお互い卒業し、1年。
家を出たがっていた冬弥に、『なら、僕と共に窮屈な世界から逃げてみないかい?』と声をかけたのは類にとって必然であると言えた。
「ふふ。可愛い寝癖がついているよ?」
「…え」
「梳かしてあげよう。じっとして」
小さく笑って彼の頭を撫でる。
さらりとした指通りの良い髪はすぐにいつものように戻った。
「はい、出来上がり」
「…ありがとうございます」
「どういたしまして。…顔を洗っておいで」
「はい」
柔らかい表情を見せた冬弥がパタパタと足音を立て部屋を出る。
程なくして戻ってきた冬弥と朝食を取りながら、今日の予定を確認した。
「僕は大学の講義があるねぇ。冬弥くんは?」
「…俺の方は昼までは何も。昼からはレポートを提出して買い物に行こうと思っています」
「スーパーかい?なら僕も行こうかな」
「…付いてきても野菜は買いますよ?」 
類のそれに冬弥が首を傾げる。
どうやら野菜阻止のためだけに付いていきたいと思っているようだ。
「おや。可愛い恋人に僕は随分と子どもに思われているようだねぇ?」
「…。…半分は、事実ですよね?類さん」
煽ってみるが冬弥は素知らぬ顔で珈琲を啜る。
昔はもう少し可愛かったが…いや、今も可愛かったのだけれど。
「久しぶりにデートをしたかったのだけれどな。ねぇ、『冬弥』?」
小さく笑って普段はしない呼び方で冬弥を呼ぶ。
途端に頬が淡く染まっていった。
「…ズルいです」
「ふふ。何とでも」
笑い、立ち上がった類は冬弥の顎をすくい上げる。
触れるだけのキスをし、にこりと笑った。
「それじゃあ、行ってくるね」
「…。…はい」
頷いた冬弥は暫く逡巡し、小さく類の服を引っ張る。
「…早く帰ってきてください」
「…!…勿論だとも」
珍しい冬弥からのお願い、に類は微笑んだ。
さあ今日も幸せな一日が始まる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
このやり取りをする度、幸せだなぁと思う類なのであった。
それはいくつ歳月が過ぎても変わらない、事実!

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