ミクルカの日

「…はぁああ」
スタジオの壁に向かって今日何度目か分からない溜め息を吐き出す。
「…うわっ、何あれどうしたの」
「あ、ミクオじゃん。あけおめー」
スタジオの扉が開いた途端、大変に引いた、私によく似た声が降りかかった。
それにひらっと手を振ってみせたのはレンくんだ。
「おう、あけおめ。…んで、何?あれ一応世界的に有名な電子の歌姫でしょ」
「…ミクはミクだもーん……」
「ミク姉ぇ、まだ拗ねてんの?」
レンくんが呆れた声を出す。
不思議そうな顔をするのは私の先天性男体亜種のミクオくん。
「…初音さん、問題があります」
「何でしょうか、初音さん」
「今日は何の日でしょう」
「…は??」 
ますます分からない、といった顔のミクオくんは取り敢えず、と少し上を向く。
意外と付き合いは良いんだよね。
「三が日の最終日」
「それから?」
「えー…連休が終わる日」
「後は?」 
「…いや、何」
「正解はぁ……ミクルカの日、でしたぁああ!!!!」
渾身の叫びを出して私は地に伏せる。
…何、と混乱しきった声が降ってきた。
「ほら1月3日でさ、ミク姉ぇのシリアルナンバーが1でルカ姉ぇのシリアルナンバーが3とかいう」
「…あぁ…。…それとこの状況に何の関係が?」
レンくんが説明してくれてもよく分からなかったらしいミクオくんが首を傾げる。
「収録でミクルカ出来ないから拗ねてる」
「…。…お前らの姉だろ、何とかしろよ」
「どっちかってとお前のが弟じゃん」 
「うちにはカイコ姉さんで間に合ってますぅ」
「うちだってカイト兄さんとルカ姉ぇがいるからぁ。メイ姉ぇもリンもいるし、手ぇいっぱいなんでー」
「ねぇ、初音さんの押し付け合いしないで???」
なかなかに失礼な男子ズに私は顔を上げた。
電子の歌姫だって傷付くココロはあるんだからね?
ちなみに、家出る前に本人に思いっきりゴネたのは内緒の話だ。
ま、レンくんは知ってるけど!
「ねー!ミクオくん、私の亜種じゃんー!ちょっとジェンダー上げてよー!」
「え、ぜってぇやだ」
「先天性男性亜種のジェンダー上げってもう意味分かんないじゃん」
「それはそうだけど譲れないものはあります」
「オレの性別のが譲れないんですけどね、初音さんね」
「知らんな!!」
「…仲良しさんですわね」
くすくすと笑う声に振り向く。
そこには、私の女神が立っていた。
「ルカちゃぁあん!!」
「お疲れ様です、ミク姉様。レン兄様に、ミクオさんも」
「や、ルカさん。明けましておめでとう」
「はい。明けましておめでとう御座います」
「んで、どーしたの?ルカ姉ぇ」
抱きつく私の頭を撫でながらミクオくんと時候の挨拶を交わすルカちゃん…やっぱり女神では…??
首を傾げるレンくんに、ルカちゃんは何かを差し出す。
「お弁当です。みんなで作ってきましたの」
「皆って…リンとメイ姉ぇはジャケ写じゃなかった?」
「はい。なのでカイト兄様と、カイコさんにも手伝っていただいて3人で」
「…ルカさんマジ女神…」
「…それな…」
にっこり微笑むルカちゃんに男子ズが拝みだした。
気持ちは分かるけどルカちゃん戸惑ってるからね??
「では、私はこれで」
「もう帰るの?」
「はい。片付けをカイト兄様にお任せしてきましたので」
微笑むルカちゃんが離れていく。
うぅう、寂しいよぅ…!
「…ミク姉様」
「んえ?」
出る間際、ルカちゃんがトン、とポケットを叩いた。
それから。
「…早く帰って来てくださいね?」
ふわ、と微笑んで出て行く。
…えぇー?
あんなの反則では…?
「…ルカさん、小悪魔?」
「…んや、無自覚」
ひそひそとミクオくんとレンくんが囁き合う。
「…。…今から初音さんは本気を出します」
立ち上がって私はスタジオの扉を開けた。
だって、あんな。
あんな可愛い顔で可愛いこと言われたら本気を出すしかなくない?!!
絶対に、絶対に早く帰ってやるんだから!


『帰って来たらミクルカ、しましょうね?』

なんて、多分よく分かってないルカちゃんからのメモを握り締める。
…私がそのメモを有言実行するまで、残り3時間、だ。

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