姫始め類冬

新年、新しい年。
そういうに相応しい青空の下、類は歩いていた。
ショーの練習は三が日を過ぎてからということで、仲間たちは皆家族と過ごすらしい。
ならばと久しぶりに路上パフォーマンスでも、と街に繰り出したのだ。
…ショーで試したいこともあるし。
「…おや?」
スクランブル交差点のすぐ近く、ベンチに腰掛けているその人に目を留めた。
「…やぁ、冬弥くん。明けましておめでとう」
「…。…神代先輩。…明けましておめでとう御座います」
声を掛ければ彼も見上げ、僅かに微笑み挨拶を返してくれる。
「如何したんだい?こんな所で」
「課題の息抜きに図書館でも、と思ったんですが…三が日なので閉まっていて。今は偶然見つけた古本屋で買った本を読んでいました」
「へぇ」
類の質問にもきちんと答えてくれる冬弥に笑みを浮かべた。
本当に彼は律儀で真面目だ。
「どんな本だい?」
「ミステリーです。踏切の向こうに消えた少年を追う、迷子少女の話で」
「…面白そうだね」
冬弥の言葉に類はにこりと笑う。
どこにでもある話に思えるのに、彼が言うと面白そうに聞こえるのは何故だろうか。
…と。
「…あの、神代先輩。お聞きしたいことがあります」
「?僕が分かることなら何でもどうぞ」
突然真剣な目をするから、不思議に思いながらも類は促す。
ほ、と息を吐き…冬弥が口を開いた。
「…姫始めってなんですか?」
「…ん??」
「姫始めです。この本ではないんですが…別の本にその単語があって。調べたくてもスマホを置いてきてしまったので、もし良ければ教えてもらえませんか?」
あまりに不釣り合いなそれに聞き返すが、どうやら過ちではなかったらしい。 
真剣な目で聞く冬弥に、類は息を吐いた。
まったく、彼は純粋なのだから!
「…いいかい、冬弥くん。まず、スマホは絶対に忘れてはいけないよ」
「?…分かりました」
「分からない言葉は信頼する人にしか聞いてはいけない。これも覚えておいてもらえると嬉しいな」
「…覚えておきます」
こくん、と頷く冬弥によし、と言って…類はそっと彼の耳元に囁いた。
姫始めの…その意味を。
「…新しい年になって初めて行う性行為のことだよ」と。
「?!!」
「まあ諸説あるらしいけれどねぇ。初めて馬に乗る事だったり、赤子が初めてご飯を食べたり、年初めに洗濯をしたりと色々あるが、詳しくは分かっていないそうだよ」
「…そ、うなんですか」 
「姫、は秘めるから来てるとも言われているかな。…さて、冬弥くん」
「…は、い…?!」
ぐい、と彼の手を引き、類はにこりと笑う。
「聞いたからには、させてくれるのかな?姫始め」
「…あ、の」
「男同士だから正確には菊始めかもしれないのだけれどね。で、どうする?」
「…え、えと、神代先輩…?」
おろおろとこちらを見る冬弥が可愛らしく、類は微笑んでみせた。
頬が紅いのは寒さだけではないのだろう彼に低い声で囁く。
「…僕を煽った責任は、取ってくれるのかな?」
なんてね、と軽く笑い、離れる類に、冬弥は小さく服を引っ張った。
「ふふ、いくら僕でも身勝手な欲を君のせいにしたりしない…冬弥くん?」
「…お、れの…欲は…どうしたら良いですか…?」
恥ずかしそうに、小さな声で問いかけられるそれに類は一瞬だけ理解が遅れる。
…何を言っているのか分かっているのだろうか?
「…良いのかい?」
尋ねる類に冬弥はこくんと頷く。
それ以上は恥ずかしがって類の服に顔を埋める彼に、類も空を見上げた。
爽やかな風が吹く。
新年の、訪れを連れて。


一昨日消し去ったはずの煩悩が類に襲いかかるまで、あと数秒。

(煩悩が理性に打ち勝ったかって?
…それは『姫』だけが知っている)

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