姫始めザクカイ♀

「…鬼ヶ崎」
「…い、や、でぇ!!」
名前を呼んだだけで頑なな返事が寄越される。
思わずため息を吐いた。
…事の始まりはつい2時間ほど前の話。


「…鬼ヶ崎」
「…んー?」
こたつに入りながら本を読んでいたカイコクに声をかけると、彼女は生返事を寄越す。
無視はされないらしいとホッとしながら、ザクロは口を開いた。
「…年が明けたな」
「…。…そういやそうだな」
少し考え、明けましておめでとう、と微笑む彼女が可愛らしい。
だがそうも言っていられなくて。
「ああ、明けましておめでとう。…知っているか?今年は丑年らしい」
「?それがどうしたんでェ」
きょとりとするカイコクの…何故だがこういう表情は幼い彼女に罪悪感を覚えながら紙袋を手渡す。
疑問符を浮かべながらそれを受け取ったカイコクは中身を見てさぁっと表情を変えた。
逃げようとする彼女の手を掴み、ザクロは精一杯真面目な顔をして告げる。
これが、カイコクを籠城させる一言とは知らず。
「…頼む、鬼ヶ崎!これを着て俺と姫始めをしてくれないか?!」


嫌なことがあるとすぐに押入れに籠城してしまう…一人かくれんぼは間違いだったのではないだろうか…カイコクに、ザクロはため息を吐いた。
まさか彼女がこんなにも嫌がるとは思っていなかったのである。
そんなにもザクロとの姫始めが嫌なのだろうか。
「…なぁ、鬼ヶ崎。せめて理由を聞かせてくれないか」
「…。…うし」
「…は?」
小さな声で告げられるそれに、ザクロはきょとんとする。
今、何と?
「…衣装、うし…じゃねぇか」
「…丑年だからな…?」
「…それがやだ」
実に子どもっぽい口調で告げられたその訳を理解するのに暫くかかった。
つまりはザクロとの姫始めが嫌なわけではなく、袋に入っていた牛の衣装が嫌な訳で…。
「…はぁあ?!!」
「…っ!理由を言えっつった!」
素っ頓狂な声を出すザクロに、カイコクが押入れを開き、抗議してきた。
それを逃す訳もなく、がしっと彼女の手をつかむ。
「…俺が嫌な訳ではないんだな?」
「…。…忍霧は嫌じゃあ、ねぇよ?」
「…そうか」
観念したように言うカイコクに、ザクロはほぅと息を吐いた。
新年早々嫌われているわけではなかったらしい。
「なら別に着なくても良い」
「…本当かい?」
「ああ」
きっぱりと言えば今度は彼女がホッとした顔をした。
マスクを下げ、ちゅっちゅと口付けを落とす。
「ん、ぁ、やっ!おし、ぎりぃ!」
「…なぁ、何でそんなにうしが嫌なんだ?そういう…なんだ、季節の衣装、が嫌いな訳じゃないだろう」
甘い声で喘ぐ彼女を可愛らしいな、と思いながらふと擡げた疑問に首を傾げた。
はふはふと荒い息を吐きながらカイコクはとろんとした目をする。
彼女は別に…所謂露出があるコスプレ、が嫌いなわけではない気がするのだ。
ハロウィンやクリスマスは寧ろ楽しそうだったし(女性陣に乗せられていたのもある)、普段の服だって、それこそザクロが注意するほどに露出がある。
それなのに、何故。
「…笑わねぇかい?」
「ああ」
潤んだ目で聞くカイコクにザクロは頷いた。
それから少し躊躇する彼女はしばらく後「…胸が」と言った。
「…うん?」
「…俺は、人より胸がでかいだろう?それで…うしみてぇだと……」
「…誰だ、そんな失礼な事を言うのは」
「パカ」
あっさり告げられるそれに、あいつ…!とザクロは拳を握る。
しかしまあ普段はパカにそんなことを言われても意に返さないはずであるから、幼い頃から色々な人に言われていたのだろう。
「…忍霧だって、胸のでけぇ女は嫌だろう?」
「そんな事はない!…あ、いや、俺はそもそも女性は苦手だから、避けているように見えるかもしれないが、その、鬼ヶ崎は別だ」
「…」
ザクロの答えに目を見開き、それからぽや、と微笑んだ。
「…忍霧で良かった」
「…は……」
突然に告げられる告白にぽかんとし、思わず天を仰ぐ。
…本当に、彼女は。
「…そんな事を言われると優しくしてやれなくなるが」
「ふふ。ならせめて布団に連れて行って貰いたいねぇ?」
可愛らしく微笑むカイコクに、仰せのままに、と口付けた。

カイコクが姫始めの名の如く、姫の様に甘やかされ蕩けされられるまで…数秒もない。

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