ワンライ司冬・ホワイトデー/甘い罠

「…よし、こんなものだな」
目の前に広がる光景に、司は満足げに頷いた。
キッチンにはクッキー生地が伸ばされた状態で置いてある。
オーブンの準備もばっちりだ。
後は…と思ったところで玄関チャイムが軽やかな音を立てる。
「…おっ、来たな」
呟き、玄関に向かった。
ドアを開ければふわりと微笑む冬弥が立っていて。
「良く来たな、冬弥!」
「いえ。…今日はどうしたんですか?」
招き入れようとすれば冬弥が純粋な疑問をぶつけてくる。
まあ、突然「うちに来い!」なんて言われればそうもなるか、と思った。
「ああ。一緒にクッキーを作ろうと思ってな!」
「クッキー…ですか?」
「そうとも!冬弥は、クッキーが好きだろう?」
「はい。…でも、なんで…」
司のそれに首を傾げる冬弥に、今度は司が疑問符を浮かべる。
「何故って…今日はホワイトデーじゃないか!」
「…!」
「オレは、冬弥からカップケーキという愛を貰ってしまったからな!…そのお返しだ」
ニッと司は笑ってみせた。
一ヶ月前に冬弥と、この場所で作ったのはカップケーキ。
誰か他の人にあげるかと思っていたから少し複雑な気持ちで作る手伝いをしていた司に、冬弥は渡してくれたのだ。
自分の、気持ちだと言って。
それに応えなければ男として、スターとして廃るというものだろう。
「…えと、ありがとう…御座います」
「なぁに!オレは冬弥の先輩だからな!!」
複雑そうな笑みの彼に、司は、ハーッハッハッハッ!と高らかに笑った。
冬弥の複雑そうな笑みの、その意味は知っている。
だから、早く、と手を引いた。
「あ、あの…先輩?」
「今日のクッキーはきっと美味しいぞぅ!…何せ」
「…!」
「冬弥が好きなものを詰め込んだ、スペシャルクッキーなのだからな!」
得意気に司はキッチンのドアを開ける。
そこにあるのはチョコを練り混んだコーヒークッキー生地だ。
驚く冬弥に、司は笑う。
「クッキーには友だちでいようと言う意味があるのだろう?この前冬弥が言っていたではないか。…だが、オレは冬弥が好きなものをあげたかった」
「…司先輩」
そう言って司は冬弥にエプロンを着けてやった。
ほら、と星型を渡す。
「それにな、冬弥」
まだ混乱している冬弥に司はそっと囁いた。
目が開かれるのが可愛らしい。
「友だちに隠れた秘密の恋人、というのも悪くないだろう?」
いたずらっぽく司は笑う。
クッキーには、友だちでいよう、という意味があるそうだ。
サクサクという軽い食感、大量に作れるという手軽さが意味しているらしいが…くだらない、と思う。
冬弥がクッキーを好きなのだから、それをあげたいと思うのは恋人としての心情ではなかろうか?
「…先輩…」
「オレの愛を込めたクッキー、受け取ってくれるだろう?」
お前の愛のお返しに、と司は笑んだ。
差し出すクッキー型を、冬弥は、はい、と受け取る。
柔らかな、甘い笑顔で。

キッチンの扉が閉まる。

そういえば、最初に好きになったのはどちらだったのだろう、と疑問が生まれるがすぐに放棄した。
冬弥が幸せそうな笑顔を向けてくれるならば、それで!


(司か、冬弥か。


無意識な甘い罠にかかったのは果たしてどちら?)

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