ごはん彰冬

「あっちゃん、何作ってるのー?」
「んとねー、ハンバーグ!」
買い物帰り、ふと聞こえたそれに目を向ければ砂遊びをしていた小さな女の子に声をかけている女性がいた。
母親かとも思ったが、ネームプレートを下げているところからして保育士だろうか。
上手だと言われ、ドヤ顔をする少女が微笑ましく映る。
「お家で作ったことあるの?」
「あるよ!おばあちゃんと!」
わちゃわちゃと話す二人を見ながら…彰人はふと思い出した。


それは、数年前の調理実習での話。
「…よっ、何作ったんだ?」
「…彰人」
家庭科室の窓から見えた姿に声を掛ければシンプルなエプロンと三角巾を着けた冬弥が振り返る。
新婚さんみてぇ、とどうでも良い思考が頭を掠めた。
「ハンバーグだ。…食べるか?」
「…いや、遠慮しとく。誰がこねたか分かったもんじゃねぇし」
皿を持ち上げる冬弥に彰人はほんの少し嫌そうな顔をしてみせる。
調理実習、不特定多数の手が加わっているであろうそれは、いくら冬弥からの勧めであってもあまり食べる気がしなかった。
が。
「ところがどっこい、うちのハンバーグは青柳がこねて成形した、正真正銘、青柳手作りハンバーグです!」
「俺らは野菜切ったり卵割ったり焼いたりしただけ!生地には一切触れてないぜ!」
「…あ?」
冬弥と同じ班だったのだろう男子生徒たちのそれに、彰人は眉を顰める。
冬弥手作りハンバーグは嬉しいが…なんでまた。
その疑問が伝わったのか冬弥が小さく微笑む。
「シチュー担当の女子が、どうしても、と」
ほんの少し困った顔の冬弥に小さくため息を吐き出した。
つまりは同じ班の女子が「せっかくなら綺麗な手の青柳くんが作ったハンバーグが食べたい!」と抗議したのだろう。
他の奴ら…特に男子…に冬弥の手作りハンバーグを食べさせるのは気に食わない。
が。
「…彰人?」
「…それ、最初に食うのはオレ、だよな?」
「…ああ」
彰人のそれに冬弥がふわりと笑んだ。
ならまあ、と自分が最初という優越感に口を開ければキレイな箸さばきで切り取られたそれが放り込まれる。
口いっぱいに広がる肉汁に笑みがこぼれた。
美味い、と呟けば冬弥が幸せそうに表情が解ける。
もう一口、と口を開ける彰人に、「東雲くんのクラスは来週でしょう!」と家庭科教諭からの注意が飛ぶまで、あと少し、だ。




そんなこともあったな、と小さく笑う。
…と。
「ママさぁ、帰ってきても手伝わんのー」
「いや、それはあっちゃんのお母さん忙しくて疲れてるんだと…」
「朝は分かるけど、夕方早いときもさぁ、スマホばっかり見てさぁ」
文句を言う少女に、ませてるなぁ、なんて苦笑しながら彰人は足を早めた。



家路に急ぐ夕暮れ時

思い出の味は愛しの彼が作るハンバーグ!



「…なー、冬弥。今日ハンバーグが良い」
「…珍しいな、彰人がリクエストをくれるなんて」
「…んー…ちょっと、な」

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