同棲類冬、引っ越しの話

それは、ある晴れた日のことだった。
「…ふう」
運び込まれた最後の荷物を床に置き、類は小さく息を吐き出す。
1年間ずっと開かずの間だったこの部屋を、恋人である冬弥のために開放したのは数日前のことだった。
卒業と入学のお祝いに、とここの1室と家の鍵を渡した時の、冬弥の顔といったら。
あまり表情が変わらない彼にしては珍しく驚き、喜び、そして涙と様々な顔を見せてくれた。
…まさか泣き出すとは類も思わなかったのだけれど。
春休みのうちにやってしまおうと、今日が引っ越しと相成ったのである。
ちなみに、自室と寝室はもともと分けてあるので、冬弥が家から持ってきたのは普段からよく使う日用品や本などが大半だ。
「これで全部かな」
「…はい。ありがとうございます…類さん」
ふわ、と冬弥が微笑む。
可愛いな、と素直に思った。
「ふふ、何だか不思議な気分です」
「?そうかい?」
「はい。…類さんの家に俺の部屋が出来たのが…何だか擽ったくて」 
くすくすと笑う冬弥の、短い髪が揺れる。
「?同棲中とはいえ、プライベートは分けたいだろう?」
「そうなんですけど…そうでは、なくて」
楽しそうな冬弥の背後からゆっくり抱きしめた。
ぽすりと類の腕の中に収まった冬弥が可愛らしく笑う。
それだけで、なんだか冬弥が言いたいことが…分かった気がして。
「冬弥くん」
「…はい」
「これからは、お帰りと言うから、ただいまと帰ってきてくれよ?」
「…。…はい」
囁く類に、冬弥が柔らかく笑んだ。

付けたばかりのカーテンがふわりと揺れる。


さあ、君がお帰りなさいと言ってくれるように

君にお帰りが言えるように




君と揃いのマグカップを買いに行こうか

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