ワンドロ・雨/相合い傘

天気予報が嘘を吐いた。
大粒の滴を降らせるそれは、今日いっぱいは保つだろうと伝えていたのに、と彰人は空を睨みつける。
ため息を吐き、仕方がないから小雨になるまで待つか、と思ったその時である。
「…彰人…?」
小さな声がした。
振り仰げばチームを組んだばかりである相方の冬弥が首を傾げていて。
「おう。雨だぞ」
「……そうか」
短い言葉に返ってきたのは更に短文だった。
そのまますぐに帰るかと思ったのに隣に来た冬弥がチラチラとこちらを見てくる。
「…んだよ」
「…いや」
何か言いたいことがあるのかと見れば、彼は首を振った。
冬弥は思っていることが顔にも出ないし言葉にもならないのだ。
歌のときはあんなに雄弁なのに。
ちらりと見れば彼は傘を1本持っていた。
それで帰ろうとしないのは、恐らく彰人に入らないかと言いたいのだろう。
迷っているのは彰人が迷惑だったらどうしようと思っているからだ。
自分の傘と彰人を見比べて小さく息を吐いているのが証拠である。
…まったく…言葉にしなければ伝わらないのに。
「…なあ、傘」
「え?」
「しょうがないから入ってやるよ」
そう、彰人は笑いかける。
その途端、普段は表情を変えない冬弥が目を丸くした。
何か変なことを言っただろうか。
「…おい、冬弥?」
「…いや」
首を傾げれば冬弥は小さく笑う。
変なやつ、と彰人は広げられた傘に入ったのだった。


「…んなことあったな」
初音ミクの…普段セカイにいるミクではない、大衆向けの方だ…歌声を聞きながら彰人はぼんやり呟く。
目の前では冬弥が目を細めてこちらを見ていた。
雨が降ってきていて、そう言えば、と冬弥が話題に出したからである。
正直忘れかけていたが、冬弥に言われて思い出したのだ。
懐かしいな、と思う。
今でも彼は雄弁ではないが表情は大分豊かになった。

【メルト、溶けてしまいそう!】

「…どうした?」
初音ミクの可愛らしい歌声と外の雨音をBGMに到着したパンケーキを食べていれば冬弥が穏やかに微笑んでいて、彰人は首を傾げる。
「…いや、何も」
「…。…お前は、恋に恋しないタイプだもんな」
「…。…何もない、と言ったが」
「わぁるかったよ」
むっとする冬弥に彰人は笑った。
雨の音が響き渡る。
ぴしゃん、と窓を叩く音に、最後の一口を食べようと彰人は大きな口を開けた。


パンケーキを食べ終わり、会計を済ませてから店を出る。
当たり前のように冬弥が傘を差し、彰人がその中に入った。
雨景色に揺れる、1本の傘。
相合い傘、なんて誰が名付けたんだろうな、と彰人は笑った。


(二人に一つの雨傘を叩くは柔らかい恋の音)

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