ビビバスカイトと冬弥の話

メイコのカフェに来たカイトは、およ、と目を瞬かせる。
「こんにちは、冬弥くん!」
「…こんにちは、カイトさん」
手を振って話しかければ読んでいた雑誌から顔を上げた冬弥がゆわりと微笑んだ。
バーチャルシンガーであるカイトと、このセカイの想いの主である内の一人、冬弥とは仲が良かった。
歌の話は勿論、コーヒーの話や本の話等の趣味も良く合ったのである。
「今日は一人なんだねぇ」
「はい。全員用事があって。自主練習も終わったし気になるものをクラスメイトに貸してもらったので場所をお借りしていたんです」
「気になるもの?」
冬弥のそれにカイトが彼の前に座りながら首を傾げた。
これです、と見せてきたのは所謂ゴシップ雑誌、というもので。
「クラスメイトが楽しそうに教室で読んでいたので気になってしまったんです。…この夏オススメミステリーが気になるんだって、言い訳したらあっさり貸してくれました」
「へえ。じゃあ本当はそっちが気になったんじゃないんだよね?」
曖昧な笑みの冬弥にカイトがそう聞いた。
こくりと頷いた彼が見せてきたのは意外な見出しで。
「『気になる彼の、キュンな噂大検証』…?」
声に出してタイトルを読み上げるカイトに冬弥はまた頷いた。
きれいな指が一つの記事を指す。
「耳たぶって、柔らかい方がえっちなんだそうです」
「へぇ、面白いね」
「後、唇の硬さと同じ、と書いてあるのですが…本当でしょうか?」
雑誌を読みながら首を傾げる冬弥。
それに、カイトはうーん、と考え込む。
ツッコミ役はどこにもいなかった。
「自分のを触ってみてもよく分からないし…自分がえっちかどうかなんてもっと分からないよねぇ」
「…そうですね」
くすくすと楽しそうに笑うカイトに冬弥も柔らかく笑んだ。
「取り敢えず、ボクの唇と耳朶触ってみるかい?」
「カイトさんの…ですか?俺が触って何か分かるでしょうか」
こてりと首を傾げる冬弥。
確かに、とカイトが笑う。
「柔らかさがどうか、くらいは分かるかもね。でもえっちかどうかは実際…。…あ」
楽しそうにしていたカイトが、急に声を上げた。
不思議そうに冬弥は首を傾げる。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと、確かめてこようかと思ってね」
「確かめてって…何処に」
「そりゃー…恋人のところ?」
ウインクするカイトに、冬弥は、あ、と言った。
思いもつかなかったのだろう、確かにそうだ、といった顔である。
「…。…俺も、試してみます」
「じゃあ、終わったら報告会だね、冬弥くん」
「はい、カイトさん」
二人してふわふわ笑いあった。
もう一度言うがツッコミ役はいなかったのである。
だから。
「検討を祈るよ」
「はい。…お互いに」
こんな、無防備な計画が実行されたのであった。


全部聞いたレンが小さく息を吐く。
まったく、この師匠は。
「…後で謝んなよ」
「はぁい。…ん??誰に?」
素直に返事をするカイトが小さく首を傾げた。
「そりゃあ、まあ」
レンが苦笑いしながら言う、それは。


「巻き込まれた人たちに!」

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