はちみつの魔法

エキストラのバイトも終わり、さて帰るかと荷物をまとめていた司は騒がしい声に顔を上げる。
「寧々ちゃん、はーやくー!」
「はいはい。わかったから…あ、司」
「えっ?!あー!司くんだぁ!わんだほーい!!」
前から歩いてきたのは同じショーキャスト仲間の寧々とえむで、司も軽く手を挙げた。
「今日はバイトだったんだよねっ!お疲れ様ぁ!」
「ああ。…お前たちは何処かへ出かけるのか?」
「えへへっ!実は、今日一歌ちゃんのおうちで蜂蜜パーティーなんだぁ!」
「蜂蜜、パーティー??」
嬉しそうなえむが言うそれに思わず首を傾げる。
「…今日は蜂蜜の日なんだって」
すかさず寧々が補足し、ようやっとなるほど、と頷いた。
「色んな蜂蜜の食べ比べをするの!司くんも来る?!」
「いや、それどう考えても女子会だろう…」
「えー?咲希ちゃんも来るよ?」
「…いや、流石に、『そうか、ならばオレも行こう!』とはならんぞ?」
「そうなの?!」
「いや、そうでしょ」
司の言葉に驚くえむ、それに冷静に突っ込む寧々。
よく見慣れた光景だ。
「それに、今日はこれからオレの家で冬弥と勉強会なんだ」
「そうなんだね!…あっ、じゃあこれどうぞ!」
ゴソゴソと何か袋を漁っていたえむが小さな瓶を手渡してくる。
「さっき蜂蜜買いに行った時貰ったんだぁ!しきょーひん、だって!甘さ控えめだからコーヒーとかに入れても美味しいってお店の人言ってたよ!」
にこにことするえむから有難く受け取り司は礼を言った。
2人と別れ、はちみつの瓶を日に照らす。
キラキラと光るそれは冬弥には似ていないな、と思った。




「…と、いうことなんだ」
勉強が一段落し、休憩を入れようと提案したところでふと思い出し、小瓶を取り出す。
えむの話をすれば、なるほど、と冬弥が柔らかく笑みを浮かべた。
「普段はブラックですが…少し挑戦してみたいです」
「冬弥ならそう言ってくれると思っていた」
笑い、司は予め用意しておいたアイスコーヒーを出す。
瓶の蓋を開け、スプーンで掬ってアイスコーヒーに垂らした。
キラキラと光るそれは黒いコーヒーに溶けていく。
「…先輩みたいですね」
「ん?」
小さく呟かれた言葉に司は首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「いえ…。色が、先輩に似ているな、と」
「なるほど。ならば、冬弥は珈琲だな」
くす、と笑い、冬弥の髪を撫でる。
「…俺は、苦いですか?」
「いや?…オレに甘く溶かされていくところが、似ている」
不思議そうな冬弥に小さく笑い、司は触れるだけのキスをした。
それだけでふやりと蕩ける彼に、やはり彼は珈琲に似ているな、と笑う。
カラン、と氷が音を立てた。


深く大人びた見た目の、珈琲のような彼は…蜂蜜によって甘く甘く溶かされる。


(本日、はちみつの日でありまして!)

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