祈りの誕生歌(ケンシン・ケンヤバースデー)

いなくなった弟を探す、という依頼を受けてからしばらく経ったある日のことだった。
「…すみません、席を…外します」
ぺこりと頭を下げる彼に、真面目だなぁと苦笑しながらひらひらと手を振る。
気にしなくて良いよ、と声をかければシンヤはふわりと微笑んだ。
…そうは言っても気にならないわけではなくて。
彼が出て行ったドアをそうっと開けた。
隣の部屋で佇むシンヤを見つめていれば彼はすぅ、と息を吸う。
そうして。
聞こえてきた音におや、とヒノキは僅かに目を見開いた。
聞いたことのある澄んだそれは、確かにバースデーソングだったから。
スマホを確認し、ああ、そうか、と思う。
今日は誕生日だ。
…彼、駆堂シンヤの『亡くなった』兄である…駆堂ケンヤの。
仲の良い兄弟だったとシンヤからは聞いていた。
弟であるアンヤと3人兄弟で、特にシンヤはケンヤに連れられてよく遊びに行っていた、と。
バイクの後ろに乗せられてラーメンを食べに行ったり、シンヤにはよく分からないアクセサリーショップやアパレルショップに行ったり。
思い出を語るシンヤは楽しそうで、ヒノキも嬉しくなったものだ。
きっとケンヤはシンヤにとって大切な人なのだろう。
決してシンヤは口にはしないが…ヒノキには分かった。
彼の歌を、表情を見ていれば自ずとわかる。
それは、兄弟を越え、愛しい人に向かう歌声だった。
誕生日を祝福し、感謝を伝えるその歌を聴いていて良いのは自分ではないな、とヒノキはそっと自室に戻る。
形見のピアスを大事に、愛しげに撫でるシンヤに。
早く日常に戻してあげたいな、とそれだけを願いヒノキはパソコンを開いた。

バースデーソングは空に溶ける。


それは、愛しい人への鎮魂歌。

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