天使の日

「お前は、天使を見たことはないのか?」
司の言葉に類はきょとんとする。
彼からこんな突拍子もない発言が出てくるとは思わなかった。
…こういうのは類の十八番だと思っていたのだけれど。
「…何故だい?」
「天使の日に、今年はきちんと合わせて1日限定ショーがやりたいと言い出したのはお前だろう!」
首を傾げる類に、司が言う。
確かに、去年はハロウィンも終わってからクリスマスに向けて騎士と天使のショーをやったのだが、やはり類的には天使の日に行いたかったのだ。
宣伝大使を任されたのもあってやりやすくなった限定ショーで、去年は出来なかった天使と騎士の前日譚をやりたいと言えばみんな快く了承してくれたのである。
「それはそうだけれど…何故それが『僕が天使を見た話』になるのかな」
「今年は、天使と魔法使いの話だろう?魔法使いは類の役ではないか。ならば、お前自身が天使を見た話はあるのかと思ってな」
「ああ、なるほど」
司の話にようやっと合点がいった類はくすくすと笑った。
それから、そうだねぇ、と上を向く。
そう、確かあれは…。
「…僕も、天使を見たことが……あるよ」



「…あれ?」
類はきょとんとする。
ショーのことを考えかんがえ小学校から自宅に帰ってきたはずなのだが…何をどう間違えたのだろうか。
見渡す限り見たこともない景色で、類はふむ、と考える。
どうやら、どう考えても迷ってしまったらしかった。
流石に迷子になってしまっただけで泣き出しはしないけれど…さてどうしようかな、と類は塀によじ登る。
高いところから見れば…つまり、視点を変えれば何か変わるかもしれないからだ。
「よ…いしょっと。ふむ、こっちが今来た道。あの遠くに見えるのは小学校かな。…なら…」
「…あの」
ふ、と話しかけられ、類は下を向く。
そこにいたのはツートンカラーの髪をした少年だった。
やあ、と類はひらりと手を振って飛び降りる。
「…。…あんな高いところで、何してたんですか?」
「いやぁ、迷子になってしまってね。君、道には詳しいかい?」
笑う類に、少年は首を振った。
「ぼ、くも…この辺りは…詳しくない…です」
ごめんなさい、と謝る少年に類は笑う。
まあ大人ではないのだし、期待はしていなかったが。
「大丈夫。さっき、通ってる小学校は見えたから」
「…なら、良かった」
ふわり、と少年が微笑む。
どこか…慣れない様相で。
途端に、ぶわりと風が吹いた。
胸が突然ドキドキする。
天使が、何かを差し出して…微笑んでいた。
「これ。…良ければどうぞ」


そんなこともあったねぇ、と類は笑う。
あれからどうやって帰ったかは覚えてないが…母親は怒ったり心配したりしていた記憶がないから恐らく何事もなく帰ったのだろう…類はもう何もない手を見て笑みを浮かべた。
あの時の天使がくれたのは、確か。
「…神代先輩」
きれいな声に類は振り向く。
おっ、と何故だか司が先に手を振った。
「冬弥!久しぶりだなぁ!」
「司先輩も。お久しぶりです」
「僕は久しくもないのだけれどね。…それで、わざわざ来てくれたのは見つかったのかな?」
にこっと笑いかけると冬弥は頷いて1冊の本を取り出す。
「…フランス語版、星の王子さま…。…良くあったな」
「はい。書庫に埋もれていたようです」
「ふふ、ありがとう青柳くん」
類は本を受け取るとお礼に、と星の形をしたラムネを冬弥の手に降らせた。
「…ありがとうございます、神代先輩」
「いやいや。…君は、今も昔も、僕の天使だったようだから」
「…え?」
「…お前も大概ロマンチストというか、なんというか、だな…」
きょとん、とする冬弥に、呆れたように司が言う。
そう言えば、類がラムネを好きになったのは…確か。
「…へぇ、オレもいるんスけどねー」
低い、悪魔がいたらこんな声だろうな、というそれが聞こえる。
不機嫌そうな彰人に、おや、と類は笑った。
「東雲くんはラムネよりパンケーキの方が好みだと聞いたけれど?」
「…誰に聞いたんだよ…」
うげ、と眉間にシワを寄せる彰人に、司がふむ、と言う。
「…魔術師はかつて出会った天使に貰った魔法をかけ、悪魔を翻弄します。魔術師は悪魔より悪魔らしい」
「え?」
「あ?」
「ん?」
唐突な司のそれに3人ともポカンとしていたが、司は無視して続けた。
それに、ああ、そういうこと、と類は笑う。
「魔術師は、天使を連れて消えてしまったのでした」
「…失礼するよ、青柳くん!!」
「…っ?!神代先輩?!」
ひょいと、抱え上げ、類は窓枠に足をかけた。
そのまま冬弥と2人、窓の外に身を投げる。
数秒遅れて響く、素っ頓狂な彰人の声。
仕返しのつもりかな、なんて思いながらしがみつく冬弥が可愛いだなんて、不謹慎なことを思った。


実は神高の恒例行事になりつつあることを…全員まだ知らない。

(魔術師は随分昔、無自覚に一目惚れした天使と、ただ二人逃避行を楽しみたかっただけなんです!)

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