まほうをかけたい話(しほはる)

みのりがアイドル活動の中で、自分たちで衣装を作るのだと楽しそうにしていた。
姉である雫もそれについて随分悩んでいたが思い描くものが出来たらしい。
アドバイスをした分、良いものになりそうで、志歩もホッとしていた。
「…アイドル衣装、か」
自分の部屋に帰り、ふと呟く。
アイドルとバンド、音楽の方向性は違うし、衣装なんてまさに最たる例だ。
志歩にアイドルのことは分からない。
分からない、けれど。
「…」
志歩は机に向かい、紙を取り出す。
姉は言っていた、衣装は魔法なのだと。
フェニーくん好きという共通点から仲良くなった彼女にはどんなものが似合うか、どんな魔法をかけたいか、少し描いてみたくなったのだ。



「…しまった」
次の日、カバンを開いて志歩は少し嫌な顔をした。
バンドスコアと一緒に、どうやら昨日描いた衣装のラフを持ってきてしまったらしい。
まあ見られたところで特に如何ということはないのだが…咲希は目を輝かせるだろうが残念ながら別クラスだ…何となくプライベートを持ち込んでしまったようで気恥ずかしかったのだ。
誰に見せるわけでもないし、と演奏の最終確認するためにバンドスコアを取り出す。
今日から新しい曲が始まるのだ、気合を入れなければ。
「…日野森さん!」
「…。…桐谷さん」
と、ふわっとした声が聞こえて志歩は振り向く。
手を振っていたのは桐谷遥だ。
「どうかした?」
「あのね、星乃さんと天馬さんが提出物を出してくるから先に行っててって」
「ああ、二人とも遅いと思ったら。わざわざありがとう」
「ううん。今から練習?」
「うん。…そっちもでしょ、頑張って」
「ふふ、ありがとう。日野森さんも頑張ってね」
「ありがと…うわっ?!」
いつも通り他愛もない会話で終わるはずだったそれは、突風により変化を遂げた。
志歩が持っていたバンドスコアが数枚、飛ばされたのだ。
幸いなことにすぐ近くに落ちたため、苦労なく回収することが出来た。
「びっくりしたね。大丈夫だった?」
「うん。…バンドスコアスコアも全部あるし」
「なら良かった。…あれ?あの紙…」
遥がふと首を傾げ、何かを拾い上げる。
少しびっくりしたような遥は、すぐ楽しそうに笑った。
「…これ、日野森さんの?」
「…え?あ」
ひら、と彼女の手の中でひらめくそれは、志歩が昨日描いていた衣装のそれだ。
「珍しいね、日野森さんもデザインとか描くんだ?」
「まあね。…お姉ちゃんが、衣装には魔法がある、なんていうから」
「雫らしいよね。…ねえ、じっくり見ても良い?」
「…。…お姉ちゃんやみのり、後、咲希には内緒にしてくれる?」
「天馬さんにも?…わかった」
流石に本人にバレては仕方ない、と諦め、志歩はそう言う。
許可が下りたと嬉しそうな遥はその紙を見た。
「面白い形だね。フィッシュテールドレス、だっけ。…あ、後ろのリボンがスワローテールになってる。それに裾が蒼で白とのグラデーションになってるんだね。可愛いな」
「それはどうも。…踊ったら綺麗に見えるんじゃないかと思って」
「踊った時のことも考えてくれたんだ。凄く嬉しい」
本当に幸せそうに遥は笑う。
「袖はベルスリーブ。ペンギンみたいに見えると思ったんだけど…」
「本当だ。ペンギンの羽みたい。…ねえ、この胸元の宝石は何ていうの?」
「ああ、ムーンライト?純白なんだけど、黄緑にも水色にも見えるんだって。石言葉は幸福」
「そうなんだね。…ふふ」
説明を聞いていた遥が可愛らしく肩を揺らす。
さらさらした髪が揺れた。
「…何?」
「ううん。…何だかアイドル衣装というより、ウエディングドレスみたいだな、と思って」
幸せそうな彼女に、志歩も笑う。
そうして。
「…。…だったら、どうする?」
遥から紙を取り上げてそう言ってみせる。
ほんの少しだけ驚いた顔をした遥は、すぐ小さく笑った。
「日野森さんのお嫁さんか。…毎日楽しそう」
「…お姉ちゃんいるよ?」
「え?駄目なの?」
きょとんとした遥に、ああ彼女はそういう子だったなと思う。
何だか純粋で、自分が素敵だと思うことには真っ直ぐで。
「駄目ではないけど…毎日五月蝿いよ」
「ふふ。賑やかで楽しいよ、きっと」
「…まあ、そうかもね。…っと」
苦笑してから、向こうから一歌たちがやって来たのを見て随分話していたんだなぁと紙をカバンに入れた。
「そろそろ練習に行かなきゃ。…またね、桐谷さん」
「またね、日野森さん。引き止めてごめんね?」
「ううん、こっちこそ」
遥に手を振り、志歩は歩き出す。


宝石は、誰かに魔法をもたらす。

幸せであれとかけた魔法は志歩にもかかっていた。


ムーンライトの宝石言葉は健康、幸福、そうして恋の予感。

柔らかな風が二人の髪を揺らした。


きっと春は、すぐそこだ。



「でも、ふわふわしたドレスって、アイドルとしての私のイメージじゃないのかな…」
「別に、着たいものを着れば良いと思うけど」
「…日野森さんのそういうところ、好きだな」
「?ありがとう、私も好きだよ、桐谷さん」

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