類冬

本日は類の誕生日である。
特に楽しみなこともなかったのだが。
「…お誕生日おめでとうございます、神代先輩」
にこ、と冬弥が微笑む。
わざわざ教室に来てまで祝ってくれた冬弥に、少し驚きながらも「ありがとう」と告げた。
「そうだ、青柳くん。放課後少し時間をもらえるかな?」
「…今日は図書委員なので…終わってからになりますが」
「ああ、構わないよ」
小さく首を傾げる冬弥に笑いかけ、類は彼の手を取る。
神代先輩?と不思議そうな冬弥の綺麗なその手を持ち上げた。
「僕は、君の大切なものを…誕生日に独り占めしたいだけなのだからねぇ」




さて、その数時間後。
「ふふ、待ちきれなかったよ、青柳くん」
「…神代先輩。やはり、その…図書室でそういうことをするのは、なんと言いますか…」
にこにこする類に冬弥が困った顔をする。
「おや、鍵はかけたよ?僕らに気づく人はいないと思うけれどねぇ」
「…それは……そうなんですが」
「なら構わないよねぇ?青柳くん」
小さく言葉を濁す冬弥に、類は「今日は僕の誕生日なのだけれどな?」と言ってみせた。
目を見開く冬弥が、その言葉に弱いのを知っていて。
逡巡してから後、冬弥は小さく息を吐き出し、分かりました、と言う。
「…その代わり、先生に怒られたら先輩が何とかしてください」
「もちろん。君の為に最高の言い訳を考えてあげようじゃあないか」
上機嫌な類に冬弥も柔らかく微笑んだ。
…そうして。
「~♪」
綺麗な高音が彼の喉を震わせる。
類もよく知る曲だ。
冬弥の高音を支えるように下のパートに入った。
ユニゾンが閉め切られた部屋に響く。
最後の一小節を歌い終え、ほう、と息を吐いた。
「いやぁ、素晴らしかったよ、青柳くん!どうもありがとう」
「いえ。…俺も、楽しかったです」
微笑む冬弥に、類も目を細める。
類が彼に、誕生日だからとお願いをしたのは「一緒に歌ってほしい」ということであった。
「まさか、神代先輩から一緒に歌ってほしいと言われるなんて思いませんでした」
「おや、そうかい?僕はずっと羨ましく思っていたんだよ」
意外そうに言う冬弥に向かって類は笑みを向ける。
首を傾げる彼の髪をすくい上げて口付けた。
そう、ずっと羨ましく思っていたのだ。
彼の相棒である東雲彰人や、彼の幼馴染である天馬司のことが。
一緒に歌ったことがあると知って、何だか凄く羨ましくなったのである。
「…!…そう、でしたか」
小さく笑った冬弥がするりとその手から逃げ出した。
「…俺は、神代先輩と一緒に歌ったこと、ありますよ」
「…ん?!それは、どういう…?!青柳くん?!」
「…ふふ」
楽しそうな冬弥が焦る類から距離を取る。
なるほど、捕まえて聞き出してみろということのようだ。
「ふぅん、プレゼントは自分で捕まえてみろ、ということかな。良い演出だねぇ。…青柳くん?」
「神代先輩には負けますよ」
珍しく挑戦的な冬弥は、どうやら図書室を無理やり音楽室代わりにしたことを根に持っているらしかった。
真相というプレゼントを自らの手に掴むため、類は手を伸ばす。
爆発も落下も特別な演出はないけれど、これはこれで楽しい誕生日だな、なんて類は思った。

(可愛い恋人から歌のプレゼントをもらって、軽い追いかけっこなんて、有り触れた誕生日、だろう?)


何と言っても、今日は類の誕生日!

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