バニーの日しほはる

「しほちゃーん!知ってた?!今日、バニーの日なんだって!」
「えー!何それ何それ?!!」
いつものようにテンションが高い咲希のそれにわくわくと聞くのは志歩…ではなく、バーチャル・シンガーである鏡音リンだった。
当の志歩は眉を顰め、またそんなことを…といった表情である。
「ほら、今日は8月2日でしょ?だから語呂合わせでバニー!」
「おおー!なるほどー!」
「…いや、だから何って話だけど…」
きゃっきゃと楽しそうな咲希とリンに志歩は呆れたように返した。
こんな時上手く躱してくれる一歌や穂波はルカやカイトと片付けに行ってしまった…正直逃げられたなと思うが仕方がない…故にしばらく聞いてみることにする。
「えー?しほちゃん、うさぎさん好きでしょ?」
「まあ…うさぎはね。でもバニーとは違うから」
「えー??」
不満そうな咲希に、リンがどう違うの?なんて聞いていて。
「…そう言えば、どう違うんだろ…」
「うさぎさんも、バニーも同じだよね??」
「…じゃ、私帰る」
二人して悩み出した隙に志歩は音楽プレイヤーに手を伸ばした。
この疑問に巻き込まれては堪らない。
「あぁっ、待ってー…!」
咲希が止める声が途中で消えた。
彼女には悪いがここで離脱させてもらおうと志歩は音楽プレイヤーを仕舞い込む。
「…ただいま」
自宅の玄関で声を掛ければ、おかえりなさい!と元気な『クラスメイト』の声が聞こえた。
「…みのり。今日は生配信の日だったんだ」
「えへへ、お邪魔してますっ!志歩ちゃんも、練習だったんだよね」
「まあね」
パタパタとやって来たのはクラスメイトであり、姉のアイドルグループメンバーであるみのりだ。
頭の上には見慣れない大きなリボンが揺れている。
まるで鏡音リンみたいだ、と思いつつ、それ何?と聞いてみた。
「あ、これ?今日はバニーの日だから、うさぎさんになって人参スイーツを作ろう!って企画なんだー!流石にうさ耳はやりすぎって愛莉ちゃんが言ってくれて、リボンになったんだよ」 
「あぁ、なるほどね。…じゃあお姉ちゃんも…」
「あら、しぃちゃん!おかえりなさい!!」
「こら、雫!!途中なのに動かない!!」
リボンを揺らして笑うみのりに頷いたその時、嬉しそうな姉とそれを諌める愛莉の声が耳に届く。
「…っと、志歩ちゃん!おかえりなさい。キッチンお借りしているわ」
「私は別に。…今日は桃井先輩が料理担当じゃないんですね」
笑みを浮かべる愛莉にそう聞けば、何故だか雫が、そうなのよ!と嬉しそうに言った。
「今日の挑戦者は私とみのりちゃんなんだけど、見本は遥ちゃんなの!」
「…桐谷さんが?」
「そうなんだ!今、見本作ってるところ!」
首を傾げる志歩に、みのりも楽しそうに言う。
衣装合わせをしてくる、と言う三人と別れ、志歩はキッチンへと向かった。
「…桐谷さん」
「…!日野森さん!」
そっと声をかけると今終わったところなのだろう、手を休めていた遥が表情を耀かせる。
頭上の大きく青いリボンが揺れた。
「いい匂いする」
「本当?今回は自信作なんだ」
すん、と匂いを嗅いでそう言えば遥は嬉しそうに笑う。
「人参スイーツなんでしょ?何作ったの?」
「キャロットケーキだよ。人参はすり潰して砂糖を混ぜて煮てあるの。苦手な人も美味しく食べてくれたら良いなって思って」
「へぇ、いいんじゃない?…それに、リボンも似合ってる」
ニコニコと楽しげな遥に、苦笑しつつ、志歩はリボンに手を伸ばした。
「…!ありがとう、日野森さん。私には可愛過ぎるかなって思ったんだけど…」
「そんなことないよ。…っていうか…」
照れたように笑う遥に、志歩は笑い、リボンに伸ばした手をそのままおろして彼女の頭を抱き寄せる。
「?!日野森さん?!」
「…誰にも見せたくないって思うくらい、可愛いと思う」
「…!」
耳元で囁やけば彼女は青い目をまんまるに見開いた。
「…ふふ。ありがとう、日野森さん」
「…もう。…恥ずかしいからこれっきりね」
ふやぁと表情を和らげる遥に、途端に恥ずかしくなって手を離す。
らしくないな、とは思った。
けれど。
「うん、分かった」
至極嬉しそうに笑う遥に、まあ良いかと志歩は息を吐く。
頭上のリボンがふわふわと揺れた。


今日はバニーの日。


可愛い彼女のうさぎの姿に、らしくない言葉を告げてしまうくらいには、志歩も浮かれているらしい。



「あ、そうだ!今日はおやつの日でもあるんだって。だから、焼き立てお味見どうぞ?」
「その語呂合わせには疑問もあるけど…桐谷さんの自信作は貰おうかな」

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