ケンシンバースデー

財布を探っていた彼が何かを見つけ、目を丸くした。
それから、ふうわりと表情を綻ばせる。
彼が…シンヤがそんな顔を見せるのは家族関連だけだ。
自分の先輩であり職場の上司であるヒノキなら話しかけに行くだろうか、なんて思いながらシズハは少し微笑んだ。
「…シズハさん?」
「…!…すみません」
小さな声にハッとして彼の元に行けばシンヤは僅かに眉を下げる。
「いえ」
「…何を見ていたか伺っても?」
そっと聞いてみればシンヤは大したものでは、と紙切れを見せてくれた。
「…これは、兄から貰った…誕生日プレゼント、です」 



それは、遠いとある日の夜。



「…ケン兄」
シンヤの声にケンヤが振り向く。
「どうした?」
優しく聞くケンヤに差し出される、覚えがある紙切れ。
「…お前、これ」
「…ラーメン券。誕生日だから…」
おずおずと言うシンヤを引き寄せてわしゃわしゃと髪を撫でる。
「…わ!…もう、ケン兄」
「あははっ!!お前なぁ、誕生日なんだから遠慮すんなよ!」
可愛い弟にそう言えば彼は小さく頷いた。
ケンヤも忘れていたそれは、去年の誕生日に作って渡した、これを見せればラーメンを食べに連れて行く券だ。
なんともまあ安上がりだが、シンヤはこれが良いらしい。
可愛いやつ、と去年と同様笑ってしまった。
ただ今日は生憎の雨である。
連れて行くのは問題ないが、大切な彼が雨に濡れてしまうのは忍びなかった。
「…あ、そうだ!」
「え?」
「ちょっと待ってろよ、シンヤ」
きょとんとするシンヤの髪を撫でる。
それから彼の手を掴んでキッチンに行って座らせた。
「…えっと、ケン兄?」
「シンヤの誕生日に、世界一美味いラーメン、作ってやるよ」
に、と笑ってみせる。
そうは言ってもインスタントの袋麺に、出来合いのチャーシュー、切っただけの白菜や人参だ。
こだわりと言えば、煮卵くらいで。
ただそれだけなのに待っているシンヤの目が輝いていく。
「…!」
「ほい、お待ち!」
トン、と机にラーメンを置くと彼は嬉しそうに顔をほころばせた。
その表情にケンヤも嬉しくなる。
きっとそれは彼も同じ。
「…いただきます、ケン兄」



誕生日に出される特別なラーメンは


雨の月夜に優しく滲みる、特別な味。

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