つきうさぎは巫女に恋をする

「しぃちゃん、気をつけてね?」
「分かってるよ。…お姉ちゃんじゃあるまいし」
心配そうな姉に小さくため息を吐きながら志歩は手を振った。
ぴょん、と長いうさ耳が揺れる。
日野森家は日本でも稀な兎耳人種だ。
昨今いろんな人種がいるため、そこまでの危険はない…はずなのだけれど。
心配症なこの姉がすぐに道に迷うため、今年から神社に奉納する団子を志歩が持っていくことになったのだ。
ぴょん、と外に出て深呼吸をする。
今日は中秋の名月。
普段も良いがやはり月が輝く夜は心が踊った。
足取りは軽く、すぐに目的に着いてしまう。
約束の時間まで間があった為、志歩はきょろりと辺りを見渡した。
「…ちょっと歌いたくなっちゃうな」
小さく笑い、誰もいないのを確認してから神社の境内に座る。
「〜♪」
好きな歌を口ずさみながら志歩は月を見上げた。
ベースもあれば良かったな、なんて思うがこれは姉も好きなアイドルの曲である。
ロックは合わないだろう。
「…〜♪」
「?!誰?!」
と、ふいに志歩の歌に誰かの歌声が重なった。
思わず歌をやめ鋭い声で問う。
「…っ、ごめんなさい!きれいな声が聞こえてきたからつい…」
歌声の方を見れば青い髪の少女がこちらを見ていた。
巫女服を着ていることからどうやら団子を取りに来てくれたらしい。
「えっと、志歩、さん?」
「そう。…ってことは、じゃあ貴女が遥さん」
「ええ、初めまして」
にこ、と笑う巫女服の少女。
「改めまして、桐谷遥、といいます」
「日野森志歩。…いつもお姉ちゃんがお世話になってます」
「こちらこそ」
頭を下げると彼女は楽しそうに笑った。
毎年毎年、姉が迷子になるせいで近くまで迎えに行ったり探したりしているのだという。
それは、志歩がお役目に選ばれるわけだな、と嘆息した。
「私は気にしてないのに…」
「まあ、奉納に間に合わなかったら困るからでしょ。月はいつまでも待ってはくれないんだし」 
「…それもそうね」
困ったような遥にそう言えば彼女は小さく肩を揺らす。
それに呼応するかのように長い髪がふわふわと揺れた。
「あ、もし良かったら奉納の儀を見ていかない?」
「え、でも…良いの?」
「もちろん!」
首を傾げる志歩に遥は笑う。
じゃあお言葉に甘えて、といえば遥は嬉しそうに頷いた。
「こっちが特等席なの」
「へえ…。こんなに大きなスペースあったんだ」
「普段は立入禁止だからね」
辺りを見渡す志歩に遥は優しく笑む。
待ってて、と言われた彼女がいなくなって数分。
シャラン、と音がする。
人工的な光はないはずなのに、真ん中で踊る彼女は幻想的で。
柔らかな月の光に照らされて巫女服を舞わせる彼女から目が離せなかった。 
靭やかな手足が宙に舞う。
鳴り響くは鐘の音だけ。
歌ではないのにメロディが聴こえた気が、した。
「…どうだった?」
駆け寄ってきた遥にハッとする。
どうやら奉納の儀は無事に終わったようだ。
「…うん、凄く…良かった」
「本当?ふふ、嬉しいな」
呆然とそう言えば遥は嬉しそうに笑う。
無邪気なそれと先程の踊りとのギャップにドキドキした。
柔らかな夜風が志歩の兎耳を揺らす。


「月は…まだそばに居てくれるかな」

小さく呟いた志歩の声は、残響を残さず消えた。


うさぎうさぎ、何見て跳ねる?

(美しい巫女さんの、きれいな踊りを見て胸を跳ねさせる)

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