天使の日と彰冬

「東雲くんは、天使を見たことはあるかい?」
「…はぁ?」
類の唐突なそれに彰人は嫌そうな顔をする。
大体彰人の場合、相棒以外に対しては大体こんな反応だが。
「おっ、それはオレも興味があるな!」
「興味って…。…天使なんざ、空想上の生き物だろ」
わくわくする司に渋い顔をしつつ…そも、1年の教室に何故2年の彼らがいるのがおかしいのだが…そう答えた。
「比喩、というのもあるよ?」
「そーだとしても…大体なんで天使なんスか」
類のそれに聞いてみれば、どうやら毎年行っている天使のショーが好評で、今年も行う予定らしい。
去年は魔法使いと天使のショー、その前は騎士と天使のショーを行った為、今年は悪魔と天使のショーをするのだという。
「それで、君が知っている天使の話を聞かせてもらおうと思ってね」
「なんだそれ。…つうか、シブフェスで悪魔のショーやってましたよね?」
笑う類に彰人は首を傾げた。
と、司が嬉しそうに身を乗り出してくる。
「おっ、覚えてくれていたのか!」
「嬉しいねぇ。…少し現実から離れた題材の方が、入り込みやすいこともあるのさ」
「…はあ。…そういう事なら、期待しても無駄ッスよ」
笑顔の司と得意げな類に、曖昧な返事をした彰人はそう言った。
不思議そうな先輩二人に彰人はにやりと笑って。
「…オレは、天使なんざ見たことねぇからな」



それは今から1年ほど前の話。
ストリート音楽に魅了されて暫く。
彰人はがむしゃらに歌を練習し、様々な場所で歌っていた。
RADWEEKENDを超えたい、いや、超えてみせると歌うが、1人ではなかなか結果も出せずにいた、そんな頃。
「~♪」 
美しい歌声が聞こえる。
ふらふらと足が勝手にそちらに向き、引き寄せられた。 
ビビッドストリートの真ん中、天使の羽が描かれたその場所で。
青い髪の少年が歌っていた。
歌っていた、と軽く言って良いものだろうか。
ブレのない歌声、正確な音程で紡がれるリリックは彰人の心を震わせる。
今まで聴いた中では群を抜いて素晴らしく、欲しい、と思った。
共に、あの夜を超えたい、と。
彼と一緒なら彰人の夢に大きく近付くと確信が持てた。
目を閉じればビジョンが見える。
歌が終わり、彰人は迷い無く近づいた。
にこり、と笑みを浮かべる。
その目の奥に熱いものを秘め、彰人は声をかけた。
彼が欲しい。
きっと素晴らしい世界が見えるに…違いないのだから。
「ねぇ、君…」


「…と、まあこんな感じで…。…なんスか」
話し終えれば司と類が目を合わせて苦笑いしていて思わず嫌な顔をする。
「…無自覚が一番怖いとよく分かったところだ」
「僕もだよ。リアリストは夢がないなんて誰が言い出したんだろうねぇ」
「はぁ?」
うんうんと頷く司と小難しい事を言い出す類に彰人は眉を顰めた。
全く意味がわからない。
「彰人。すまない、待たせ…。…司先輩?!神代先輩も」
「お、冬弥!!久しぶりだな!」
「やあ、青柳くん。お邪魔しているよ」 
「本当に邪魔だっつー…」
「彰人」
小さな声は冬弥に聞こえていたらしく、彼に窘められてしまった。
「へーへー」
「…。…悪魔は天使が欲しくて仕方がありませんでした。騎士が愛し、魔術師が恋した天使を」
適当な返事をする彰人に冬弥が口を開くその前に類が語り出す。
「は?」
「え?」
ぽかんとする二人に司も笑い、朗々と続きを紡ぎ出した。
「悪魔は天使に声をかけます。共に世界を見ないかと。…天使は頷き、二人は飛び出しました」
ほら、と言わんばかりと司にようやっと理解し、彰人は嫌な顔をしながら冬弥の手を取る。
「悪りぃッスけど、センパイ方の思い通りにゃならないつもりなんで」 
べ、と舌を出しつつ、行くぞ、と手を引いた。
「え、あ、待ってくれ、彰人!…すみません、司先輩、神代先輩!」
謝る冬弥の手をしっかりと握り、彰人は歩き出す。
「おや、随分堂々と連れ去られてしまったねぇ?」
「そうだな。…だが、そこからの奪還劇もまた乙なものだろう?」
不穏な事を言う先輩たちに、させねぇよ、と彰人は笑った。


今日は天使の日。

手を繋いだ相棒を巡る大騒動が巻き起こる、そんな日。

神高生にとっては恒例行事であるなんて、一体誰が想像できただろうね!


(悪魔は、ただ愛だの恋だのを超えた天使と共に永久に歌っていたかっただけなんです!)

name
email
url
comment