遥バースデー

「えっ、私の誕生日?」
「そう。桐谷さんは何がしたい?」
きょとんと言う遥に、志歩は頷く。
もうすぐ遥の誕生日だ。
サプライズよりも、直接聞いたほうが良いのでは、と何故だか本人よりも楽しみにしているらしい咲希から言われ、放課後たまたま予定がなかった志歩が聞いておくことになったのだ。
「咲希がどうしても桐谷さんの誕生日パーティーをしたいんだって」
「そうなんだ。ふふ、嬉しいな」
「まあそんな訳で、何がしたいか教えてくれる?」
心底嬉しそうな遥に目を細めつつ、志歩は聞く。
少し上を向いた遥が、にこりと笑った。
「うーん、そうだなぁ。…あ、私、お菓子パーティーとかしてみたいかも」
「…お菓子パーティー?」
「うん!天馬さんたちが言っててちょっと気になったんだ。私、普段は糖質制限をしているからって、みんなも気を遣ってくれててね。所謂、スナック菓子っていう類いのお菓子をたくさん食べることなくて…。今からならチートデーに合わせられると思うから、やってみたいの」
照れたように笑う遥に、彼女が良いなら、と頷く。
「じゃあ、お菓子パーティーって、咲希たちに伝えておくね」
「…!ありがとう、日野森さん!」
ぱあ、と表情を明るくさせる遥に、可愛いな、と思いながら志歩は、あ、と一つ良い考えを思い付いた。
「?どうかしたの?」
「ああ、えっと…」
首を傾げる遥に、志歩は手を差し出す。
びっくりしたような彼女に向かって微笑んだ。
「…良ければ、一緒に買いに行かない?」



「…ふふ、たくさん買っちゃった」
誕生日当日、遥と共に買い物に来た志歩は、嬉しそうな彼女を見ながら、そうだね、と頷いた。
初めてのことにテンションが上がったらしい遥に、志歩も嬉しくなる。
存外甘いものが大好きな彼女は、チートデーだと際限がなくなるようで止めるのに必死だったが…まあこれも一興だろう。
そも、遥の誕生日なのだし。
「塩っぱい系が少なくなっちゃった…何だか申し訳ないな」
「別にいいんじゃない?桐谷さんの誕生日なんだし。…ポリポリチップスがあるから主催は満足でしょ」
「…そっか」
志歩の言葉に遥はまた笑う。
どうやら、浮かれているようで普段よりニコニコしていた。
普段は志歩の姉よりしっかりしているがこうして見れば志歩たちと何ら変わりがないのだな、と思う。
「…あ、紙コップ買うの忘れた」
「大丈夫だよ。確かその辺りに百均が…」
はたと思い出した志歩に遥が言うが、志歩は首を振った。
「私、ささっと行ってくるから待ってて」
「え、でも」
「良いから。主役にそこまでついて来させる訳にはいかないでしょ」
何か言いたげな遥を置き、志歩は近くの百均に走る。
すぐに商品は見つかり、短時間で店を出た…つもりだったのだけど。
「…あれって…」
彼女の元に戻ろうとした矢先に見つけた光景に思わず顔を顰めた。
遥の近くに男が群がっていて、志歩は息を吐く。
ファンや友人なら良いかと思ったのだけれど。
「ねぇ君何してるの?可愛いね。もしかして、元ASRUNの桐谷遥だったりする?」
「あ、えっと、その…」
「ちょっと」
珍しくしどろもどろな遥に手が伸ばされる刹那、志歩が割って入った。
「…えっ」
「私の大切な人に何してるんですか?」
「…な、何だよ」
睨み、行こう、と手を引くが怯んだかと思った男は志歩が女と知るや調子を取り戻したように話しかけてくる。
「っていうか君もよく見たら可愛いじゃん、ねぇ、一緒に…」
「…一緒に、なんだろうか?」
低い声に、え、と遥と共に振り仰いだ。
そこには咲希と同じ髪色の…。
「…つ、司さん?!」
「え、あ、フェニックスワンダーランドの…」
「ああ、すまん!随分と楽しそうだったからつい話しかけてしまった!」
「おや、楽しいことなら僕も混ぜてほしいものだねぇ」
「センパイ方は遠慮っつーのを知らないんスか?…タイマンのが良いって奴もいるでしょ」
高らかに笑う司に、奥から出てきた同じフェニックスワンダーランドのキャストである類と、オレンジ髪の…確かこはねが東雲くん、と呼んでいた彼がにやにやと笑いつつ男に詰め寄る。
ぽかんとする志歩と遥を、「こっちだ」と呼ぶ声がした。
「…桐谷さん、こっち」
「…え、あ、うん」
小さな声に我に返った志歩は遥を呼び手を引く。
青い髪の…咲希が「とーやくん」、こはねが「青柳くん」と呼んでいた彼がそっと路地を抜け大通りまで案内してくれた。
「…ここまで来れば大丈夫だと思います。怪我はありませんでしたか?」
「はい。ありがとうございます」
「迷惑かけてしまってすみません。本当にありがとうございます」
「いえ、俺は何も。…それでは」
ぺこ、と会釈をし、彼は元の道を引き返す。
おそらく、司達のもとに帰るのだろう。
改めてお礼を言わなければな、と思った。
「…日野森さんもありがとう。ごめんね」
「桐谷さんが謝ることじゃないよ。大丈夫だった?」
「私は何もされてないよ。…あのね、日野森さんが来てくれて、すごく、嬉しかった」
ふわ、と遥が笑う。
その顔がとても美しくて。
「…そっか、良かった」
それだけを伝え、志歩はきゅっと手をつないだ。
少し目を丸くした遥が微笑む。
今はまあ、それだけで良いかと思った。


大切な人の誕生日だから、嫌な日で終わってほしくなくて。

幸せでいてほしいな、と志歩は手のひらに想いを込めた。
 


「ああ、そうそう。週末はお菓子パーティーじゃ終わらないから。覚悟してて」
「えっ、なんだろう。…楽しみだな」

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