甘えたい貴女にアドバイスを!(しほはる)

「……やっぱり私には向いてないのかな…」
小さく息を吐く目の前の後輩に、「何がよ?」と愛莉は一応聞いてみる。
何でも完璧に出来てしまう後輩、遥がこんな風に弱音を吐くのは珍しいからだ。
「…ええと、何というか、ね…」
「あら、遥にしては歯切れが悪いじゃないの」
モゴモゴと言う遥に愛莉は笑う。
こんなに迷っているということは、アイドルに関する事ではないのだろう。
多分、それは…。
「相談したいことがあるなら聞くわよ。今日はみのりも雫もいないしね」
「…愛莉…」
からからと笑う愛莉に遥は少し目を細め、息を吐きだしてから「あのね」と切り出した。
「…愛莉は、甘えられるのってどう思う?」
「…うん?!」
思ったより直球なそれに愛莉は思わず裏返った声で返事をしてしまう。
遥のことだ、恋愛関係かとは思ったのだけれど…。
「…あ、愛莉?」
「っと、ごめんなさいね。まさかアンタがそんな直球に聞いてくるとは思わなかったのよ。…で?甘えられるのがどうかって?」
質問には驚いたが彼女にとっては深刻なのだ。
なら応えなければ。
小さく頷いた遥に、そうねぇ、と愛莉は上を向く。
「わたしは嬉しいと思うわよ。だって、それだけ心を許してくれてるってことじゃない?」
「そうだけど…。私が天馬さんや雫みたいに抱き着いたりしたらやっぱりびっくりしてしまうかなって」
「そりゃあ急にやれば誰だって驚くわよ。それに、アンタは咲希ちゃんや雫、それに杏ちゃんもそのタイプよね…まあその三人じゃないんだから、そこを無理する必要はないんじゃない?」
「…そう、かな」
首を小さく傾ける遥に、そうよ、と愛莉は笑った。
「ペンギンのぬいぐるみに『志歩チャン、ギュッテシテー』って喋らせるくらいなら自分の言葉でおねだりしてみなさいな」
「…!み、見てたの…」
顔を赤くする遥を可愛いわねぇ、と撫でてやろうとし…自分の仕事ではないなと愛莉はやめる。
代わりに、「そう思うでしょ?」と背後に語りかけた。
「…えっ」
「…やっぱり、バレてましたか」
「あら、バラしちゃ不味かったかしら?」
驚く遥に、気まずそうに出てくる志歩。
そんな彼女たちに愛莉は茶目っ気たっぷりにウインクした。
「ひ、日野森さん?!」
「盗み聞きするつもりはなかったんだけど…ごめん、桐谷さん」
素直に謝った志歩がこちらを見る。
「…いつから気付いてたんです?」
「ま、それは言わないでおくわね。…っと、わたしはそろそろ行くわ。ちょっと約束してるから」
怒りではなく純粋な疑問をぶつける志歩に愛莉は曖昧に返し、女子更衣室を出た。
それから、音楽プレーヤーを手に取り、くすりと笑う。
色んな意味で真面目な彼女は、少しでも甘え気を抜くことが出来たかしら、と。
その先の物語は彼女たちだけが知っている。



「…いらっしゃい、愛莉ちゃん。なんだか楽しそうだね」
「あら、レン。…ちょっと甘酸っぱい体験のお裾分けを貰ってきただけよ」

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