Lonly Shit

きっと、何度もチャンスはあった。
「冬弥」
司はそっと手を伸ばす。
クラシックに戻れない彼が、ストリートに夢を見出してしまった。
幼い頃は司のショーを見て喜んでくれていたのに!
司だけを見てくれる冬弥はいない。
今だって親愛は向けてくれるけれど、それだけでは足りなくなってしまった。
止めてくれ。
他に笑いかけないでくれ。
オレ以外に歌わないでくれ。
切なる願いは、想いは、セカイを生んだ。
ワンダーランドのセカイによく似て非なるもの。
壊れかけのメリーゴーランド、屋根が落ちたサーカス小屋。
調律の狂ったピアノのBGMが流れるセカイはミクがいなかった。
ワンダーランドのセカイにはミクもカイトもいたのに。
ミクがいなくてもセカイは生まれるのだなぁなんて思いながら司には違和感がなかった。
だって、司が一番いてほしかった冬弥がいる。
ストリートに出会っていない。
クラシックにも戻れない。
そんな冬弥が。


冬弥が笑いかける相手なんて司だけでよかったのに。
だからこそ他の人を遠ざけた。
セカイまで生み出して。
一つ二つと揃わなくなる『ピース』を哀しげな眼で見つめる冬弥に大丈夫と微笑むのは司の役目だ。
冬弥が辛い夢も哀しいユメもみないで済む様その綺麗な目を覆い隠してきた。
きっとそれは今までも…これからも。
幼い頃はそれが出来ないと思っていた。
出来ないからこそ夢を見る。
好きな人と二人きりのユメを魅る。
それは何らおかしい事じゃない筈だろう?
「なあ、冬弥」
「…?」
「今、幸せか?」
壊れてしまった瞳に笑いかける。
きっと無意味な質問だ。
この冬弥は幸せを『知らない』。
「…幸せ?」
「そうだ。冬弥は幸せか?」
「…。…逆に、司先輩はどうですか?」
「え?」
驚いた。
この冬弥から質問が出るなんて。
「…オレ、は」
「俺といて、幸せでしょうか」
冬弥がこてりと首を傾げる。
壊れてしまっているからこその純真たるそれ。
思わず涙がこぼれる。
嗚呼、オレは。
小さく呟いた司は無理矢理に笑った。
「幸せだぞ、冬弥」
「そうですか」
冬弥が微笑む。
純粋な瞳で。
『幸せ』を知らない瞳で。
「先輩が幸せなら、俺も幸せなのでしょうね」
冬弥の発言に司は涙をこぼす。
司が望んでいたはずなのに。

セカイを、抜け出さなければ。
『オレ』がこれ以上狂ってしまう前に。
冬弥が好いてくれた『オレ』が壊れてしまう前に。

彼が笑ってくれるだけで良かった。
彼が笑うから司は壊れてしまった。
夢を追いかける彼が、それでもまだどうしようもなく好きで。
…きっと何度もチャンスはあった。
冬弥が壊れるまで。
司が、壊れるまで。


彼の笑った顔が好きだった。
ストリートを知った後の静かだが確かに幸せそうな笑顔も、幼い頃の無邪気な微笑みも。
どうしようもなく好きだった。
狂ってしまう程に。
世界なんていらない程に。
セカイを作り出してしまうほどに。
お願い、なあ。
オレだけを見てくれ。
だって、好きで好きで堪らないんだ。
司は冬弥を鳥籠に囚えようと躍起になる。
司が起こして冬弥が笑って司が愛を囁いて冬弥が眠る。
そんな日常に甘えてしまった。
理想的なセカイに依存してしまった。
これはまるで縛り合いゲームだ。
どうしようもない程に途方もなく誰が幸せに成る訳でもない。
…なあ、オレは誰に嫉妬してしまったんだろうな。
そう、司は自問自答を繰り返した。
それに返答があるわけではないと知っていて。


お前が好きで好きで、どうしようもなくて。
独りよがりの嫉妬は繰り返す。
(それは本当に彼が望んだ事だった?)
お願いだからオレを見ろと嫉妬で狂いそうになりながら掴んだ手を誰かが払い落とす。
それは嫉妬じゃない、君の、アンタのエゴだ、と。
そう誰かが言う。
…そんなことを言う相手はここにはいないけれど。
抜け出さなければと足掻いたところで、沼の心地よさを知ってしまった。
だってそうだろう?
ここに冬弥との仲を邪魔するものはいないのだから。
司は愛を歌う。
深い蒼は何も映さない。
嗚呼お前は壊れてしまったんだな、と少し寂しくなった。
(それを望んだのは司で、そうしたのも司だ)
ただ一緒にいたかった。
ただそれだけ。
「愛している」
司はそっと囁く。
なあ、一緒に壊れてしまおう?
閉鎖された空間で、永遠に。
ろんりーしっとは繰り返す。
ただただ、クリア済のゲームの様に、ゆっくり壊れる日々を。 

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