しほはるワンドロワンライ/幼少期・イルミネーション

ここ数日、急に寒くなったな、と思う。
はぁ、と吐く息白い夜、志歩はバイト終わりの道を歩いていた。
見上げればイルミネーションが輝いていて、そういえばもうすぐクリスマスだったな、と少し頬が緩む。
行事ごとで騒ぐのはあまり得意ではないが、クリスマスは別だ。
プロのバンドを目指す身としてはあまり宜しくはないだろうが…きっとみんなはパーティーをしたいだろう。
特にリンや咲希は前から楽しみにしているし。
いつも練習を頑張ってくれているのだからたまには良いか、と見上げていた顔を元に戻した。
「…あれ、日野森さん?」
「…桐谷さん」
前から歩いてきたのは桐谷遥である。
こんばんは、と明るく声をかけてきた遥に志歩も挨拶を返した。
「今晩は。随分遅いけど、何の帰り?」
「実はクリスマス生配信の打ち合わせだったんだ。愛莉の家でやってたんだけど、すっかり遅くなっちゃったの」
「…ああ、そういえばお姉ちゃんもそんな事メッセージに送って来てたな。遅くなったけど心配しないでねって」
「そうなんだね。…日野森さんは、バンド練習?」
「ううん、今日はバイト」
そんな他愛もない会話をしながら、志歩はまたイルミネーションを見上げる。
「そっか、お疲れ様。…日野森さん?」
「…え?ああ、ありがとう」
「何か気になることあった?」
くすりと遥が笑った。
敵わないなあ、なんて思いながら、志歩は指を差す。
「…ほら、イルミネーションが飾ってあるでしょ?これ、昔から変わらないなって思って」
「ああ。そういえばそうだね。…ふふっ、懐かしいなぁ。昔ね、お母さんと見に来た事があったんだ」
楽しそうな遥に今度は志歩が笑ってみせた。
「桐谷さんも?じゃあ会ってるかもね」
「え?」
「私も、お姉ちゃんと仕事終わりのお母さんたちと見に来たことあるんだ。…まあ、その時お姉ちゃんとはぐれたんだけど…」
小さく息を吐き、志歩はその時のことを思い出す。
確か、そう、あれは…。



「…お姉ちゃんたら」
志歩は諦めたようにため息を吐き、きょろきょろと辺りを見回した。
姉とはぐれるのも慣れたもので(それもどうかとは思うけれど)志歩は一番イルミネーションが綺麗に見える噴水に向かって歩き出す。
イルミネーションを見ているから平気と母には言ったし、何より目立つ場所にいれば見つけてくれる、というのが志歩の持論だ。
「…っと」
噴水の縁に腰掛けようとした時、ふと同じ歳くらいの女の子が座っているのを見つける。
少し迷ったが志歩はトテトテと近づいた。
「…。…おとなり、いい?」
「…!…うん、いいよ」
話しかけるとそこにいた少女は綺麗な青い目を僅かに見開くがすぐこくりと頷く。
それにホッとし、志歩は隣に座った。
「…えと、あなたもまいご?」
「ううん。お母さんがトイレにいくから、ここでまってるねっていったの」
「ふぅん、そっか」
少女の答えに頷いていれば今度は彼女のほうが首を傾げる。
「…あなたは?」
「お姉ちゃんがどっかいっちゃったの。お母さんがさがしてくるあいだ、イルミネーション見てるって。だからいちばんめだつイルミネーションのところにきたんだ」
「そうなんだ」
志歩の説明に納得したらしい少女はそれきり何も言わなかった。
きらきらと輝くイルミネーションと、クリスマスソングのBGMが雑踏にかき消されまいと響いている。
「…きれいだね」
「うん、きれいだね」
少女は多くの言葉を発さなかったが、志歩はそれが心地良いなと思った。
柔らかな光を見上げる少女をちらりと見、綺麗だと今度は声を出さず思い、またイルミネーションを見上げる。
少し、もう少し長くこの時間が続きますようにとツリーの天辺で光る星に、そう願った。



「…日野森さん?」
遥の声にハッとする。
ごめん、と謝った志歩は僅かに笑みを浮かべた。
「…ちょっと昔のこと思い出してた」
「昔?それって…」
小さく首を傾げた遥に内緒、と笑い、志歩はその手を取る。
「ねぇ、ちょっと時間ある?今からデートしない?」
「…!…ふふ、ちょっとだけなら、良いよ?」
楽しそうに笑った遥が、取った手を握り返してきた。
イルミネーションに照らされた彼女は。

周りが霞むほどに綺麗だなと…そう、思った。



冬の夜を彩るイルミネーションは


笑う彼女には敵わない




「ねぇ、綺麗だね。日野森さん」
「そうだね。…桐谷さん」

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