廃都しほはる

君たちは知っているかな

クラスメイトから聞いた?
昔馴染みから聞いた?
お姉さんから聞いた?
委員会の先輩から聞いた?

こんな不思議な噂話
…有り触れた世迷言
「誰もいない、Untitledに建つ時計台の上でry」

どこにでも転がってそうな幸せを運ぶジンクス

『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』


「…何、それ」
きょとんとする志歩に、あのねー!と嬉しそうに話し出したのは咲希だ。
「実は、アタシたちのセカイ以外にもセカイがあるんだってー!でねでねっ、Untitledの中には、ミクちゃんがいないセカイもあるんだけど、そのセカイには代わりに時計台があってそこで愛を誓うと幸せになれるらしいの!」
「…へえ…」
「へえって、しほちゃんー!!」
咲希の説明に軽く返すが、彼女にはそれが不満だったらしい。
くるんっと後ろを振り返り、小さく笑っていた一歌や穂波に泣きついた。
「いっちゃん、ほなちゃん!!しほちゃんがー!」
「…ちょっと咲希」
「…ふふ」
窘める志歩に穂波が楽しそうに笑う。
割と日常茶飯事だ。
「…」
「…一歌ちゃん、どうかしたの?」
少し視線を落とした一歌に穂波が小さく首を傾げる。
それにハッとした一歌が、何でもないよ、と笑った。
「ただ、クラスでもそういう噂聞いたなって思って」
「…ああ。そういえばえむちゃんも言ってたかも。流石にUntitledとは言ってなかったけど」
一歌の言葉に穂波も小さく上を向く。
「うん。うちのクラス以外にもみんな言ってて…朝比奈先輩も知ってたんだ」
「へぇ…。そういえば、お姉ちゃんもそんな事言ってたな…。うちの学校から広まった噂なのかも?」
「そんなことないよー!アタシはとーやくんから聞いたもん!」
志歩の疑問に咲希が頬を膨らませた。
確か彼のグループにはこはねがいた気がするが…面倒になる、と志歩は口を噤んだ。
代わりにはいはい、と言って手を叩く。
「そろそろ休憩終わり。練習戻るよ」
「はぁい!」
少し不満そうだったが咲希はきちんと返事をし、持ち場に戻った。
そんな二人にくすくす笑っていた一歌と穂波も位置につく。
きっと、咲希の話も休憩時間を楽しくさせる噂程度だったのだろう。
眉唾に近い、退屈しのぎにしかならない話。
…そう、思っていたのだけれど。



「…え?」
あの後少しセカイに行って、帰ろうと曲をタップした途端だった。
眩い光の先はいつもの光景ではなく。
「…どこ、ここ」
小さく呟いて志歩は辺りを見渡す。
見る限り真っ白で、何もなかった。
だが寂しいという感覚はなく…何だか懐かしい感じがして志歩は歩き出す。
…と。
「…桐谷さん?」
「…!日野森さん!」
目の前から歩いてきたのは桐谷遥だった。
志歩を見つけ、嬉しそうに手を振ってくる。
「どうして、こんな所に…」
「私は、ダンス練習の後スマホで音楽を聴こうと思ったら見たことない音楽データがあってね。押したらここに」
「そうなんだ。私もバンド練習の後スマホで音楽を聴こうとしたんだよね」
「日野森さんも?そっか、一緒なのね」
良かった、と遥が笑った。
詳しくは一緒ではないが…説明もし辛いので黙っておく。
「ねぇ、ここどこだと思う?」
代わりにそう聞けば彼女は小さく上を向いた。
「…うーん、噂を信じるなら時計台があるセカイ、かな…」
「噂って…時計台の上で愛を誓えば幸せになれるとかいう?」
「桐谷さんも知ってたんだ」
「うん。…ねえ、もし良ければ一緒に探してみない?」
「…えっ…」
「探してみるだけ!ね?」
驚く志歩にわくわくと遥が言う。
探してみるだけ、と言いながらも彼女は本気なようだ。
そんな姿も珍しく、志歩は小さく笑いながら良いよ、と答えた。
やった、と小さく喜ぶ彼女を可愛いと…思ったり思わなかったり。
「じゃあ行こうか」
「…!うん!」
手を差し出す志歩に遥は嬉しそうに笑いそれを取る。
しばらく歩いていると大きな塔が見えてきた。
本当にあるなんて、と思っていれば遥も目を輝かせる。
「凄いね、日野森さん!」
「…そうだね」
感動しているらしい遥の手を引いた。
え、という顔の彼女に、「行くよ」と笑みを向ける。
「ま、待って!」
「ほら、早く」
慌てる遥に小さく笑いつつ、志歩は塔の中に入った。
中は少しひんやりとしていて、吐く息も白い。
初雪を見る前にぎゅっと肩を寄せ合い抱き合った。
ふと、奥の方に階段を見つける。
「上があるよ、登ってみようか」
「…うん」
上を指を差す志歩に遥も嬉しそうに笑った。
階段を二人で登り始め、しばらくは無言で上を目指す。
「あ、見て。意外と高い」
「ふふ、前を見てないと足を踏み外しちゃうよ?」
「そんなドジするわけ無いでしょ。…お姉ちゃんじゃあるまいし」
楽しそうな遥に志歩も笑った。
ただ噂話を確かめに行くだけなのに何だか妙に楽しくて。
…彼女も同じ気持ちなら良いなと、そう思う。
「っ!」
唐突に視界が開けた。
目を眇め、ゆっくりとそちらを見ればちらちらと雪が舞っている。
現実で何度も見た光景のはずなのにどこか幻想的に見えた。
いつの間にか降り出したらしい雪は誰もいない街を覆っていく。
かつて誰かの思いで賑わったであろうセカイを覆う白銀は、確かに綺麗な景色だった。
「…すごい」
「…そう、だね」
感嘆の声にやっと志歩も同意する。
きっと誰かの世迷言(つくりばなし)だと思っていた、その風景に。
「…ねぇ、日野森さん」
「うん。…桐谷さん」
微笑む遥に志歩は小さく笑みを向ける。
おまじないなんて、興味がなかったはずなのに。
唐突に鐘の音が響いた。
錆びついて鳴らないだろうと思っていた、時刻を告げる時計台がセカイ中に音を紡ぐ。
その音はまるで、自分たちを祝福しているかのようで。
志歩と遥は自然と口を寄せる。



『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』



それはきっと、どこにでも転がっている、幸せになるためのジンクスだ。

信用に足らない、いつもならば無視をするジンクスだけれど。

彼女が幸せになるなら、来て良かったな、と…そう思った。


(単なる噂話は、自分たちの力で本物に変わる

きっとそれはお互いの夢も)



積み重なる互いへの想いは、誰もいないセカイを劇場(シアタ)に、変える。

それは時を超え、次のミライへと。


「…ねえ、知ってる?誰もいない…」

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