冬弥の日

その日、神代類は考え込んでいた。
「ふむ…僕はそんなつもりはなかったが…いやしかし…」
「類?聞こえてる?」
「どういうところが…もしや…」
「おーい、類くーん?」
「だが、そうなるとやはり……」
「るーいくーんっ!」
考えを口に出しながら整理していた類にえむが飛び込んでくる。
「!えむくん!」
「えっへへ!寧々ちゃんもいるよ!」
「もう、えむってば…。…それはそうとして、どうしたの?類。ずっと呼んでたのに」
驚く類に、無邪気に笑うえむと呆れながらも首を傾げる寧々。
二人とも心配をしてくれてるらしかった。
なるほど、一人で考え込むのは許されないらしい。
「いや…青柳くんに、甘やかすのは禁止だと言われてしまってね」
「ほえ?」
「え…青柳くんが?」
類の言葉に、首を傾げるえむとは対象的に寧々が意外そうな顔をした。
「まあ…青柳くん、真面目だしそんなこともあるか。…それで、類はなんでそんなに考え込んでる訳?」
「いや…。僕のどんな行動が彼を困らせているのかと思ってねぇ」
「ああ、なるほど…。…甘やかすなって言われて落ち込んでるんじゃなかったんだ」
「まあ言われた時は落ち込みもしたけれど、改善すれば良いだけだしね」
息を吐く寧々に類はあっけらかんと言う。
そんなことで落ち込むくらいなら原因分析をした方が遥かに有意義だ。
「!類くん、しょぼぼってしてるんじゃないんだね、良かった!」
ぱぁあっとえむが顔を輝かせる。
良かったね、と寧々が彼女の頭を撫でた。
「心配してくれてありがとう、えむくん。それに寧々も」
「えっへへ!どういたしまして!」
「わたしは何もしてないけどね…類?」
満面の笑みを類に向けるえむに、寧々が苦笑する。
その様子を見てまた類はふむ、と考え込んだ。
「?類くん、どうかしたの?」
「…ああ、いや、えむくんは寧々に頭を撫でられても良いのかと…」
「ほへ?うん、あたしは嬉しいよ!」
「まあそりゃあえむはね」
「寧々も、えむくんには頭を撫でるんだね?」
「えっ、うーん…えむだしね…?」
類の問いにえむを見ながらくすくす笑っていた寧々は首を傾げる。
どうやら無意識らしかった。
「っていうか、あんまり論理的に考えなくても良いんじゃない?」
「あ、直感が大事!ってやつだね!!」
寧々のそれに、えむがわかった!と手を挙げる。
直感が大事だというのは類にも理解できるが、懸念材料があった。
こうして考えてしまうのがいけないのかもしれないのだけれど。
「だが、もしそれが青柳くんにとって嫌なことであるなら…」
「じゃあじゃあ!直接聞いちゃうのはどうかな?!」
「…えっ?」
再び考える類に、元気にえむが言う。
それに寧々も頷いた。
「うん。嫌なことなんかは本人にしか分からないものだしね。それが一番良いんじゃない?」
「だよね!冬弥くんがうにゅにゅってなるのは冬弥くんにしか分からないもん!」
「…うにゅにゅって…。まあ、青柳くんにとっての【甘やかす】っていうのと類にとっての【甘やかす】っていうのは別かもしれないし。直接聞くほうが早いかもね」
「…一理あるね。ありがとう、寧々、えむくん!」
彼女たちに礼を言って類は駆け出す。
すぐに、冬弥に確認しなければ。
「…青柳くんは別に嫌がってるわけじゃない気がするけどね」
「ねー!にこにこふにゃふにゃわんだほいだよね!」



「…やあ、青柳くん」
「…神代先輩?」
走ってきたのを悟られないように類は顔に出さず微笑む。
不思議そうな冬弥が駆け寄ってきた。
「どうされたんですか?」
「いや、なに、青柳くんが甘やかすなと言った意味を知りたくてね」
首を傾げる冬弥に言う。
途端に彼は目を丸くした。
「それは…その」
「君のことだから、僕らが君を甘やかしていると思ったんだろう。だが、それは違う。僕は君を愛しているんだ」
「…っ、神代先輩…」
「だが、君が嫌なことは避けたいからね。何が嫌なのか教えてくれるかい?」
珍しく慌てる冬弥の頭を撫でる。
彼の白い頬が赤く染まり、類はおや、と笑った。


10月8日は冬弥の日。


(愛する彼を、きちんと確認してから愛する日!)


「ちなみに、僕は青柳くんの言葉が嫌だったねぇ。とても驚いたよ」
「…すみません。…俺は、神代先輩のやることで嫌だったことはありませんよ?」
「おや、そうなのかい?」
「はい。…頭を撫でられることは少ないので、その…嬉しいです」

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