アンヤバースデー アンカイ

誕生日プレゼントは何が良い、と聞くカイコクに、「…オメーが良い」と答えるようになったのはいつからだったっけ。
最初は驚いていたカイコクも、やっぱり、と目を細めるようになった。
無欲の勝利ってやつかねェ、なんて笑う彼に、何言ってんだか、と息を吐く。
勝ち負けもクソもあるまいに。
「んで?今日は何すんでェ」
「…久々にゲームやるから付き合え」
首を傾げるカイコクにアンヤは言う。
自分で誘っておいてなんだが、風情も何もないなと思った。
「…いつもと変わんねェ気もするが?」
「いーんだよ。オレが良いっつってんだから」
「違いねェな」
憮然としたアンヤのそれに、くすくすとカイコクが笑う。
どうやらお誕生日様のお願いを聞いてくれるらしかった。
アンヤには睡眠障害がある。
普段は薬に頼っているが、この日ばかりは使用しないようにしているのだ。
眠れない時に始めたゲーム実況。
今は配信はしないけれど、代わりにそれを隣で見ていてくれる。
ただそれだけで存外心地良いのだと、隣にいるの男は知らないのだろう。
「オメーはつまんなくねーのかよ」
ふと疑問が湧いて聞いてみたことがあった。
だがカイコクはきょとんとし、カラカラと笑うばかりで。
「…笑うなっつー…」
「…ああ、すまん。お前さんもそんな事を思うんだな、と」
「…おい」
「冗談でェ。…ま、つまんねぇなら許可は出してねェよ。…お前さんが敵を薙ぎ倒していくのを見るのは案外面白いしな?」
ふわりと笑うカイコクに、そうかよ、と短く返す。
それから以降は特にそれについて言及していなかった。
きっとこの空間が心地良いのだろう…彼も、自分も。
手慣れた作業で準備をしていれば彼も何かを準備し出す。
珍しいなとも思ったがあまり気には止めなかった。
誕生日だからと何か考えがあるのかもしれない。
別に良いのに、と思ったが口には出さなかった。
「ん」
「おう。…何だこれ」
差し出されたマグカップを思わず受け取ってしまう。
スッキリした香りが仄かに鼻孔を擽るそれに首を傾げていればカイコクも同じようにマグカップを持ちながら隣に座った。
「ミントティーだと」
「へー。…オメーにしちゃ珍しいな…。…ん、美味ぇ」
「そりゃ良かった」
口に含むと香りと同じように爽やかな味が広がる。
柔らかく笑うカイコクが、「まあ、たまにはな」と言った。
ふーんと生返事をし、ゲームを始める。
部屋に響くのはゲーム音とアンヤの声だけだ。
カイコクはアドバイスをするでもなく野次を飛ばすでもなく、それを見ている。
穏やかな空間はどこかで【見た】ことがあった。
「?駆堂?」
「何でもねぇよ」
ゲームが僅かに止まったのに気づいたカイコクが首を傾げる。
それにそう返してアンヤは再びゲームを始めた。
ちゃんと誕生日プレゼントをもらってしまったと口角を上げる。
ずっと、羨ましいと思っていた時間がそこにはあった。
それは、一番上の兄と二番目の兄が、過ごしていた時間。
一番上の兄にも睡眠障害があり、たまに二番目の兄が付き合っていたのを知っていた。
ずっと羨ましいと…そう、思っていたのだ。
二番目の兄は優しいから頼めば同じようにいてくれただろう。
だが、アンヤが望んだのは。
「お、12時過ぎたな。…誕生日おめっとさん、駆堂」
ふわりとカイコクが笑う。
ミントティーと同じ、柔らかなそれで。


普段と変わらない穏やかな空間は、ずっとずっと手に入れたかったもの。
おう、と返したアンヤとそれを見つめるカイコクを柔らかな秋の月が照らしていた。


(朝が来るまでの僅かな時間、憧れた長兄のようにはなれなかったけれど、月のように次兄とは違う優しい貴方が隣でいてくれるならそれでも良いかと……そう思えるのです)

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