冬弥の日

その日、東雲彰人は落ち込んでいた。
「ちょっと彰人ー?」
「…うそだろ…オレが…?」
「ねぇ、彰人、きーてんの?」
「オレが…まさか……」
「彰人ったら!!返事しなさいよ!」
落ち込む彰人に、絵名の手刀が炸裂する。
「…ってぇなぁ!んだよ、絵名!」
「呼んでるんだから返事する!!…んで?どうしたのよ」
怒鳴りながら振り向く彰人に絵名はどこ吹く風だ。
それでもこうして聞いてくるのだから何だかんだ心配しているのかもしれない。
…いや、絵名のことだから面白がっているのだろう、きっと。
「チーズケーキ一個で相談に乗ってあげてもいーけど?」
「…んなこったろうと思った」
ワクワクしながらこちらを見る絵名に彰人は息を吐きながらひらひらと手を振った。
「何よ。どうせアンタが悩むのなんて相棒くんか歌かでしょ」 
ふん、と絵名に図星を付かれ、彰人はまた机に突っ伏す。
それに、何故だか絵名が動揺した。
「え、うそ、本当に?」
「…うるせぇよ」
「もしかして相棒くんと喧嘩でもした?」
「…。…ケンカじゃねぇ」
「じゃあ何よ」
ポツポツ答える彰人に絵名は首を傾げる。
どうやら、ユニット結成時とは違うと感じたようだ。
「…。…冬弥に甘やかすなって言われたんだよ」
「えっ、相棒くんに??」
はぁあと息を吐く彰人に、絵名は意外そうな声を出す。
「…あぁ?」
「まあ…冬弥くん真面目だもんね……。それも仕方ないか…」
睨む彰人を無視して絵名はうんうんと何故か納得したように頷いた。
彰人に分からなかったことをこの姉はすぐにわかってしまったらしい。
何だかそれが妙に腹が立った。
「んだよ、何か分かったって…」
「自分で考えたら?って言いたいけど、冬弥くんが可哀想だしね。…ねぇ、彰人。アンタが冬弥くんにやってる行動って自覚はあんの?」
絵名がお菓子をつまみながら聞いてくる。
どうやらこのまま相談に乗ってくれるらしかった。
素直に有り難いとは思わないがただ落ち込んでいるよりマシだろうと彰人も座り直す。
「まあ…そうだな…?」
自分の行動を思い返しながら、心当たりがあると答えた。
一応あるんだ、と絵名が苦笑する。
「じゃあアンタ、冬弥くんにすること私にする?」
「するわけねぇだろ」
「…即答されると腹立つわね…。じゃあ、同じチームの子は?白石さんとか」
「あぁ?しねぇよ」
今度はきっぱりはっきり即答すれば絵名は少し嫌な顔をしながらもピッと人差し指を立てた。
「じゃあ別に甘やかしてるんじゃないでしょ」
「何でだよ」
眉を顰める彰人に絵名は呆れたように言う。
「いーい?甘やかしてるっていうのは物理的な要求や金銭的な要求を満たすことを指すの。彰人がやってるのはそうじゃないでしょ」
「ああ…。どっちかってと絵名がそれに近ぇよな」
「るっさいなぁ。甘やかしてくれたことないくせに」
「強要してくるやつが何言ってんだか」
物凄く嫌そうな絵名にハッと笑えばこの姉は意地悪な笑みを浮かべた。
「…白石さんにこの事話ちゃうもんね」
「ああ?!んで杏と仲良くなってんだよ!」
「ふふん、ちょっとねー。…ま、冬弥くんも甘えるの下手そうだし。今のままで良いんじゃないの?」 
「いやだから、それを冬弥に止められて…」
「だから、アンタがやってるのは甘やかしてるんじゃなくて甘えさせてるんだってば!」
言葉を詰まらせる彰人に、分かってない!と絵名が声を出す。
そう言われてハッとした。
「甘えさせてる、なんて相棒くんにしかしないでしょ、アンタ」
笑う絵名に、「どこのチーズケーキだ」と問う。
「じゃ、最近のアンタのオススメにしようかな。不味かったら怒るからね」
「分かった。楽しみに待ってろ」
ひらりと手を振る絵名に指差して彰人は家を飛び出した。
「…ま、逆にあれが特別じゃなかったらびっくりするっての」



「冬弥!!!」
街を走り回り、見つけた後ろ姿に声を飛ばす。
振り返る前に手を伸ばして抱きしめた。
「?!彰人?!」
「…悪ぃ。やっぱオレ無理だわ」
驚く冬弥の肩口に顔を埋める。
やっぱり好きだ。
好きだからこそ良い歌を歌う彼に触れたいし、愛したい。
感情表現が下手な彼に甘えてもらいたい。
それは恐らく彰人自身も気づいていない感情で。
「オレ、冬弥が好きだ。だから甘やかしてるわけじゃなくて…」
「…そうか、すまない」
吐露する彰人に冬弥が小さく笑う。
「…冬弥?」
「いや。俺は思った以上に愛されているのだと思ってな」
何だか楽しそうな声の冬弥に脱力した。
この数時間落ち込んでいたのは何だったのか。
「…お前なぁ」
「すまない」
肩を揺らす冬弥に、まあ良いか、と思う。
楽しそうな彼を見るだけでも充分だ。
「まあ良いか。…冬弥」
「?どうした、彰人」
首を傾げこちらを振り仰ぐ冬弥に軽くキスをする。
「オレは考えるより行動派だからな。…覚悟しとけ」



10月8日は冬弥の日。


(愛している彼に、言外に愛を切々と伝える日!)



「…つーか、めちゃくちゃびっくりしたんだからな」
「だから、すまないと…。…だが、俺も驚いたぞ」
「は?お前が?なんで」
「…いや、それは秘密にしておこう」

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