昨日は誕生日だった。
仲間たちや先輩たちから盛大に祝ってもらったから今日は冬弥と二人きりで、と行きつけのカフェに来ていた彰人は、目の前にいる冬弥が小さく笑うのを見て首を傾げる。
「どうした?冬弥」
「…いや。彰人がたくさんの人から祝ってもらっているのを見ると嬉しいものだな、と思ってな」
「…なんだそれ」
柔らかい表情の冬弥に彰人は苦笑した。
奥さんでもあるまいに。
「……流石にまだ早ぇよな…」
「彰人?」
「あ、いや、何も」
小さく呟いたそれは冬弥には聞こえていなかったようで、彰人は曖昧に笑う。
今はまだ十分な関係だ。
隣で彼が歌ってくれる。
その先は伝説を超えてからでも遅くはなかろう。
「お待たせいたしました」
と、ウェイトレスが何かを運んできた。
冬弥が予約してくれていたらしいチーズケーキの上に何かオレンジ色のジャムか何かがかかっている。
柑橘系の果物だとばかり思っていれば何やら花びらが見えた。
小さな花は通学路でもよく見たことがある形で。
「…これ、花…か?」
「ああ。…金木犀だ。エディブルフラワーと言ってきちんと食べられるから安心してほしい」
彰人の疑問に冬弥が答えてくれる。
やはり花だった、と納得したが新たな疑問が擡げた。
「いや、その心配はしてねぇけど。なんで金木犀なんだ?」
首を傾げる彰人に、冬弥は小さく笑う。
内緒だ、なんて微笑んだ冬弥に眉を顰めた。
「…なんだ、それ」
楽しそうな彼にそう言うしかなくて、彰人は息を吐く。
嘘がつけない代わりに彼はこうやって気持ちを隠してしまうのだ。
無理やり聞いたって教えてくれないだろう。
だが、今回は悪い方ではなく彼の表情から良い隠し事な気がした。
…それを証拠に。
「…彰人」
「あ?」
「…誕生日おめでとう」
「…。…おぅ」
そう、祝ってくれる冬弥が幸せそうで。
だからまあ良いか、と思った。


一口大に切り、そのまま含んだ金木犀のジャムがかかったチーズケーキは。


普段より幸せの味が、した。


(彼が隠した金木犀の花言葉


初恋は彼によって食べられ、誘惑へと変わる)

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