しほはるワンドロワンライ・ホラー/夏だから

「…あれ?」
ある夏の暑い日。
珍しく仕事が早く終わり、授業に参加できた遥は、ふと聞こえてきた音に引き寄せられるよう、そこに近づいた。
…聞こえてきたのは、よく知った音だったから。
「…。…日野森さんの、ベース…だよね?」
首を傾げ、遥は音のする方を見つめる。
中庭や、教室、音楽室ならまだ分かるのだが、聞こえてきたのはあまり普段使わない視聴覚室だったからだ。
変わった場所で練習しているのだなぁ、と遥は小さく笑って「日野森さん」と、視聴覚室の扉を開ける。
「…あれ?」
薄暗い部屋の中、そこには誰もおらず、遥は再度首を傾げた。
確かに聞こえたはずなのに。
おかしいな、と視聴覚室内に足を踏み入れたその時である。
「…きゃっ?!」
ドン、と後ろから突き飛ばされた。
そのまま視聴覚室に入ってしまった遥はたたらを踏み、振り返る。
だが、突き飛ばした人物は見えず、無情にも閉まってしまった扉だけが見えた。
慌てて開けようとするが、やはりというか何というか、扉はびくともしない。
閉まった音はしなかったのに、と息を吐きながら遥は窓に近付いた。
確か、渡り廊下があるはずだ。
窓からなら外に出られるかもしれない。
行儀は悪かろうがとやかく言っている場合でもなかった。
平静を装ってはいるが、遥だって怖いのだ。
「…え?」
重いカーテンを開こうとした刹那、遥は固まる。
開かないのだ。
何が? 
カーテンが。
何度も挑戦しようとしたが開かない。
動かない。
光が、届かない。
「…う、そ……」
小さく呟いた遥はその場にへたり込んだ。
いつの間にかベースの音は聞こえなくなっていて、遥は耳をふさぐ。
「…日野森さん……っ!」

name
email
url
comment