バレンタイン

街が柔らかい色で彩られる季節


ボクは、この時が一番……。



「あれ、杏じゃーん!」
ショッピングセンターのとあるコーナーに、見知った人物を見かけた瑞希はおぅい!と手を振った。
「っ、瑞希!」
一瞬ビクッとしたその人はホッとしたように笑みを浮かべ、同じように手を振る。
その様子におよ、と目を瞬かせたが、何か訳があるのか、と、瑞希は杏に走り寄った。
「やっほ!どうかしたの?杏」
「いやぁ、どうって訳じゃないんだけどねぇ…」
あはは、と笑う杏。
何か、変だ。
だが瑞希はあまり気にせず、ふぅん、と流し、そういえばさぁ!と話を変えた。
触れられたくないこともあるだろう、きっと。
「ボク、絵名に買い物誘ったのに振られたんだよ?!ひどくない?!」
「絵名さんに?」
「そうなんだよー!愛莉ちゃんとの買い物があったみたいなんだけど、誘ってくれても良いのにー!」
「あはは!まあ、絵名さんも二人が良かったんじゃない?親友なんでしょ?」
「そうなんだけどさぁ。…そういえば、他にも穂波ちゃんたちもいる…って…」
愚痴を言おうとした瑞希に、誰かが「暁山?」と声をかけてきた。
「え、瑞希さん?」
「……え、あ、冬弥くんと遥ちゃんだ!もしかして杏と買い物中?」
きょとんとした顔をして姿を見せたのは冬弥と遥で。
杏と遥は親友同士だし、杏と冬弥は同じチームだし、確か遥と冬弥はフォトコンテストで仲良くなったと言っていたのを思い出す。
だから、人選に不思議はなかった。
杏が一人で買い物に来ていて二人が合流した、と考えなかったのは、買い物かごが冬弥が持つそれだけだからだ。
「…あー…まあ……そんなとこ?」
「…白石、暁山に話していないのか?」
言葉を濁す杏に、冬弥が首を傾げる。
「別に隠すことないのに」
「そうなんだけどー!」
くすくす笑う遥に唇を尖らせる杏。
仲良しなんだなぁと瑞希も笑った。
「言葉にしたら恥ずかしいじゃん!」
「いいでしょ、別に…ねぇ、青柳くん」
「そうですね、桐谷さん」
「あー!二人してー!」
「えー、なになに?!気になっちゃうなぁ、ボク!」
楽しそうな3人に瑞希も乗っかる。
別に気を遣わなければならない話題でもなさそうだ。
「もー。…大したことじゃないんだよ?ほら、草薙さんとせっかく仲良くなったから、バレンタインチョコあげたいなって…」
少し照れたような杏に微笑ましげな笑みを浮かべる遥と冬弥…きっと彼らも、また。
「ほら!私は言ったよ!!次遥と冬弥!」
「えー」
「…俺は彰人や司先輩、神代先輩にあげるチョコを作ろうと思ってな」
「あはは、冬弥くんは毎年律儀だねぇ。…で、遥ちゃんは?」
しっかり律儀に答えてくれた冬弥に頷き、遥の方を見る。
もう、と苦笑した遥は「私は日野森さんに渡すつもりなんだ」と答えてくれた。
「お、いいねいいね!いやぁ、青春だなぁ」
「…暁山は、誰かに渡したりしないのか?」
「ボク?ボクはサークルのみんなと、か…」
そこまで言って瑞希ははたと気付く。
もしかして、絵名が買い物を断ったのは。
「…ちょっ…とボク用事思い出しちゃった!またねー!」
「え、あ、ちょ、瑞希ー?!」
杏の驚いたような声を背に瑞希は走ってその場を離れる。
願わくば、3人が想い人と幸せなバレンタインを過ごせますように。
そんなことを、思いながら。



(ボクはボクで準備があるもんね!)


「くしゅんっ!」
「あら、絵名ってば大丈夫?」
「風邪ですか?絵名さん」
「あ、カイロ必要ならありますけど…」
「ん、大丈夫。ありがと、愛莉。一歌ちゃんも穂波ちゃんもありがとね」


(かごの中身が揺れる


街はハッピーバレンタイン!!)
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